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<あなたのまわりのサイエンス>

「なぜスパゲティは2本でなく 3本に折れるのか」を解く

今回は、手軽に料理することのできる、あの細長い食材についてです。折れ方に、意外と深い物理がかかわっているというのです。
(Z会小学生コース保護者向け情報誌『zigzag time 4・5・6年生』2014年7月号)

【2015年1月17日】


 

天才物理学者も謎だった―「なぜスパゲティは2本でなく 3本に折れるのか」を解く

 

天才物理学者も悩ませた「スパゲティ問題」

 20世紀後半のこと。世界的に有名な物理学の研究者が、知人と一緒に家の台所で、ある疑問を論じあっていました。「なぜ、スパゲティの乾麺は、3本に折れるのだろうか」。
 この物理学者は、米国出身のリチャード・P・ファインマン(1918―1988)。彼は、量子電磁力学という物理学の難解な理論で業績を上げ、1965年に日本の朝永振一郎らとともにノーベル物理学賞を受賞した人物です。“天才肌”の研究者としても知られています。
 難解な理論を次々解いていったファインマンも、この「スパゲティ問題」には手をこまねいていました。両手で1本のスパゲティ乾麺の両端を持ち、徐々に曲げていくと乾麺は折れます。折れた乾麺は、ほとんどの場合2本でなく、3本かそれ以上に分かれるというのです。皆さんも、台所のスパゲティを何本か犠牲にしてみれば、2本でなく3本以上に砕けることがわかると思います。
 ファインマンは、水中で乾麺を折ってみるなど、いろいろ試しましたが、しくみがわかりません。実験で得られたものは、台所中に散らかる無数の短いスパゲティだけでした。

1本めが折れたあと、 たわみによって波が生まれて・・・

 スパゲティ問題の解決を見ずに、ファインマンは1988年にこの世を去りました。ファインマンが抱いていたこの謎は、ほかの研究者たちにより解明されることになったのです。
 2005年、フランスのパリにあるピエール・アンド・マリー・キュリー大学の物理学者バジル・オードリーとセバスチャン・ノイキルヒは、「ひびの連鎖による細い棒の破砕――なぜスパゲティは半分に折れないのか」という論文を『フィジカル・レビュー・レターズ』という科学雑誌に発表しました。
 2人はスパゲティの折れ方を観察するため、「カタパルト実験」という方法を生みだしました。「カタパルト」とは、戦争で使われる投石機です。おさえていた棒の端を一気に離すことで、載せておいた石を遠く敵陣まで打ち込むことができます。

なお、この研究についての詳しい説明や動画が、オードリーと ノイキルヒのホームページ「How bent spaghetti break」にある。 英語だが、簡単な表現なのでご覧になってみては。 URL:http://www.lmm.jussieu.fr/spaghetti/index.html

 「カタパルト実験」では、棒をスパゲティの乾麺に置き換えます。乾麺の片方の端だけを固定させ、もう一方の端を指でおさえることで乾麺をしならせ、さらに力を加えることで乾麺を折ります(右図)。
 実験の結果、2人が驚いたことに、乾麺に次のような複雑な力が加わっていたのでした。
 まず、これ以上曲げると乾麺が折れてしまうという限界以上に力を加えると、当然、乾麺は折れてしまいます。これが最初の折れです。この段階で乾麺は2本になります。
 次に、実験装置に固定されているほうの乾麺に注目すると、曲がっていた乾麺がまっすぐに戻るときに起きる“たわみ”により波が生まれることがわかりました。この波は少しずつ移動していき、乾麺が実験装置に固定されている端の部分まで行きます。ここまで波が来ると、波の反響が起きて、波が更に大きくなります。大きくなった波は、乾麺を折るのに十分な力をもつようになりました。この力で乾麺の曲がっている部分がもう一度、折れることになるのです。これで乾麺は3本になりました!

まじめに取り組んだ研究で 「イグ・ノーベル賞」を受賞

 オードリーとノイキルヒの論文は、「イグ・ノーベル賞」(Ig Nobel Prize)と呼ばれる科学賞の選考者たちの目にとまりました。
 この賞は、米国の『風変わりな研究の年報』という雑誌とその発行者が主催するもので、「人々を笑わせ、考えさせてくれる研究」に対して贈られます。賞の名前は「ノーベル賞」と、「(ノーベル賞ほど)有名ではない、高貴ではない」といった意味を含む「イグノブル」(ignoble)を掛け合わせたものです(※「イグノブル」(ignoble)には一般的に「不名誉な」という意味があてられていますが、 「ignoble」の語源は、ラテン語の「ignobilis」にあり、それは not noble を意味します)。
 二人は2006年のイグ・ノーベル物理学賞を受賞しました。スパゲティの乾麺が2本でなく3本以上に折れるのはなぜかという、役に立たなさそうな研究にまじめに取り組んだ結果です。ただし、受賞式でオードリーは報道の取材に、「力を加えたときに物がどう壊れるかは、工学の最も重要な研究テーマの一つです」と答えたといいます。科学には、応用が効く可能性があるという側面と、人々を楽しませてくれるという側面があることを、二人の受賞が示してくれたといえるでしょう。
 一方のファインマンは、ノーベル賞を獲得したものの、イグ・ノーベル賞は獲得することなくこの世を去りました。ファインマンは亡くなるまぎわ、「二度死ぬのはごめんだよ。つまらないからね」と言い残したともいわれます。お祝いのために現世に戻るようなことはせず、数十年後、天国で「スパゲティの話、詳しく聞かせてくれよ」とオードリーとノイキルヒに声をかけるのかもしれません。


※「イグノブル」(ignoble)の意味について修正しました。(2018年2月)
修正前 「取るに足らない」を意味する「イグノブル」(ignoble)を掛け合わせたものです。
修正後 「(ノーベル賞ほど)有名ではない、高貴ではない」といった意味を含む「イグノブル」(ignoble)を掛け合わせたものです(※「イグノブル」(ignoble)には一般的に「不名誉な」という意味があてられていますが、 「ignoble」の語源は、ラテン語の「ignobilis」にあり、それは not noble を意味します)。

漆原 次郎(うるしはら・じろう)

1975年生まれ。出版社で8年にわたり科学書の編集をした後、物書きに。小難しいけれど魅力的な科学技術の世界を伝える研究もしています。
小話ブログ「科学技術のアネクドート」(http://sci-tech.jugem.jp)日々更新中。


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