Topic一覧

ZOOM UP!

印刷

<ZOOM UP!>

ピアニスト 仲道 郁代さん (1)

日本を代表するピアニスト・仲道郁代さんは今年でデビュー30周年を迎える。2016年は各地での記念リサイタルやハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団との共演、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団とのツアーも予定されている。また、リサイタルのみならず、近年では全国各地の学校を訪問し、ワークショップを企画・実施するなど、その活動は常にエネルギッシュだ。彼女を突き動かすエネルギーの源とは何だろうか?
(取材・文=天神 春男)

 【2016年6月9日】

 
 
わたしの原動力

 

まじめだった子ども時代

――まず、仲道さんのピアノとの出合いについてうかがいたいのですが。

両親ともに音楽が好きで、よくピアノのレコードがかかっていたんです。両親がピアノを弾いていたわけではなく、レコードの音からピアノの音楽に触れたのが始まりです。

――ピアノに触り始めたのは?

家にピアノがきた4歳の誕生日のころです。初めてピアノに触れたときのことは鮮明に覚えています。うれしくて、幼稚園から帰ってきてすぐにピアノに触ってみたんですが、すごいショックを受けたんです。ピアノからはレコードで聴いているようなすばらしい音楽が出てくるはずだと思っていたのに、自分が弾いてもそんなきれいな音は出ない。愕然としましたね。そこからは夢中になって練習しました。

――4歳からピアノ漬けの生活を?

そんなことはないですよ。ピアノの練習が終わったら遊びに行ってよかったので、練習してから外で遊んでいました。ピアノ漬けになったのは、小学5年生のときに大きなコンクールを受けてからです。コンクール前の夏休みは1日8時間くらい練習していました。それまでも3時間から4時間は弾いていましたから、練習していたほうだと思います。ピアノを弾くのが好きだったんです。もちろん、今日は弾きたくない、眠い、疲れた、とかいろんな日がありましたけど、とりあえず、そんなときでも毎日練習する、ということが日課になっていました。

――毎日3時間なり4時間練習するというのはご自分で決めていたんですか?

家の生活ペースがそうなっていました。当時ほかの家のことは知りませんから、何の疑問もなく、みんなもそうしているんだろう、と勝手に思っていました(笑)。コンクールがあると、日曜日でも遊びに行ったり、家族でドライブに行ったりもしないで、まず練習してから行くのが当然、という空気がありました。今から思えば母が上手だったと思うのですが、自然とそういう生活サイクルができていました。

――ピアノ以外ではどんなお子さまだったんですか?

ピアノと同じでまじめでした。実は、父の仕事の関係で中学生のころはアメリカで過ごしました。アメリカは日本と教育のシステムも違いますし、特技があったらそれを伸ばしなさいというような社会なので、存分にピアノが弾けました。学校でも行事があったら「ちょっと何か弾いて」って言われたり、町の行事でも引っ張りだされて弾かせていただいたり・・・。まじめな子どもでしたから、そのまま日本にいたらお勉強に一生懸命になってしまって、もしかしたらピアノを辞めていたかもしれない。あのアメリカ時代がなかったら、今のわたしはなかったかもしれません。
 

音楽との向き合い方を学んだドイツ留学

――これまで「ピアノを辞めたい」と思ったことはなかったんですか?

大学1年のときにコンクールで1位をいただいたことで、自分に「ピアニスト」という肩書きがついたんですね。突然世界が変わりました。そのころはほんとに人前で弾くのがつらかったですね。だって、「そんなたいしたことないわたし」というのが自分ではわかっているのに、世間的にはピアニストとして見られる。そのジレンマでつらかったんです。受賞をきっかけに公開演奏会の機会をいただくことも増えて、弾いては落ち込むの繰り返し。それで「もっと勉強しよう」と思ってドイツに留学したんです。その留学中の2年間に国際コンクールを受けて、いくつか賞をいただきました。そこからは「本格的に弾いていこう」と決心がついたんです。

――国際コンクールでの受賞が自信に?

コンクールがいうわけではないんです。日本にいるとピアノもある種のお勉強みたいに、「うまくならなくちゃ」とみんながしのぎを削ってがんばっているわけですね。それが、ドイツでは、音楽に自分自身がどう向き合うかが大事だ、人と比べられるものじゃないんだと・・・。クラシック音楽というすばらしい芸術に自分が人生をかけてどのように向き合っていくのかが大切だし、音楽は人との競争ではないんだ、ということを先生や周りの様子から感じたんです。自分が一生懸命演奏して、また聴きたいと言ってくださる方がいらして、そして次のコンサートがある。演奏家ほど幸せな職業はないな、って思えるようになりました。

――ドイツ留学を経てプロとして活動されるわけですが、プロになる人とアマチュアのままでいる人の境界はどこにあるんでしょうか。

ピアノの場合、プロになる検定試験があるわけじゃないですから(笑)。だけど、舞台に立ち続けていける人って、人が次また聴きたいと思ってくださる何かがある、人に伝える何かがある、という人じゃないかなと思います。実際にその人がプロかそうじゃないかというのは、お客さまが決めることなんだと思います。そういう意味ではすごくシビアな世界だと思います。自分で努力したからといって続けていられるわけではないですから。わたしもこうして弾く機会を与えていただけている、というのは本当に幸せなことだと思います。

Profile

仲道 郁代 さん (Ikuyo Nakamichi)

4歳からピアノを始める。国内外での受賞を経て、1987年ヨーロッパと日本で本格的にデビュー。 温かい音色と叙情性、卓越した音楽性が高く評価され、人気、実力ともに日本を代表するピアニストとして活躍している。これまでに国内外のオーケストラと共演を重ねているほか、2016年秋からはデビュー30周年を記念した公演が、全国各地で予定されている。音楽の無限の可能性を信じ、子どものためのプロジェクト、ワークショップ、演劇とのコラボレーションなど多彩な活動も実施。魅力的な内容とともに豊かな人間性が多くのファンを魅了している。CDはソニー・ミュージックと専属契約を結び多数リリース。新著の『ピアニストはおもしろい』(春秋社)も版を重ねている。メディアへの出演も多く、音楽のすばらしさを広く深く伝える姿勢は多くの共感を集めている。プライベートでは一児(長女)の母。


ページの先頭へ