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将棋棋士 佐々木勇気さん(1)
2017.10.12
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今回ズームアップするのは、将棋棋士の佐々木勇気六段。2017年の夏、中学生棋士藤井聡太四段の公式戦30連勝を阻止し、公式戦初黒星をつけたのが佐々木六段だ。5歳から将棋を始め、16歳1ヵ月でプロデビューした佐々木六段は現在23歳。将棋の世界では中核を担う棋士としてもっとも成長する年代だ。強い相手との大勝負のために自分を追いつめることが自分を成長させると、走り続ける佐々木六段。その原動力は何なのか、お話をうかがった。
(取材・文=天神 春男)
わたしの原動力 |
なぜ棋士になったのか。 |
将棋との出合い
――将棋を始めたのはおいくつくらいのときだったのですか?
5歳でしたね。スイミングを習っていたのですが、耳の病気で1週間くらい入院をしました。退院したあとも1週間くらいは安静が必要でしたが、もともとスポーツ少年だったので、じっとしているのがあまり得意ではありませんでした。ちょうどお正月ということもあって、家の中で、かつ、家族で何か遊べるものを、ということで母が将棋を選んだのです。
――当時、将棋はご家族の方のどなたかができたんでしょうか?
いいえ、誰も知りませんでした。父がルールくらいは知っていましたが、わたしはルールからわからなかったので、やりながら覚えていきました。
――そのままやめずに続けたということは相当おもしろかったんですね。
なぜかは覚えていませんが、のめり込みました。勝てたときにうれしかったというのもありましたし、いろいろな動きをする将棋の駒を自分で好きなように動かすことができるというのが一つの魅力だったのではないでしょうか。退院したあと、自分が自由に動けない状況で、盤上なら好きに動けるから楽しい、と思えたのかもしれません。その後、父ではすぐ相手にならなくなってしまったので、ちゃんとしたところで教わったほうがいいんじゃないか、ということで、将棋会館の子どもスクールに通い始めました。
――小学校からは学校での勉強も始まりますが、勉強はどうだったんですか?
小学生時代は、時間も限られていたということもあって、効率よく集中して宿題などをこなすように努力をしていました。割合的には将棋の方に時間を割いていたので、勉強は、合間、合間に集中してやっていました。将棋会館に通う移動時間に宿題をやることもありましたね。
――友だちとはあまり遊ばず、将棋、将棋という小学生時代だったんですか。
そうですね、それが少し悲しかったときもありました。でも将棋の教室というか道場みたいなところに通うと、そこには自分より1~2歳上ですが、友だちはいたので、そこに行って楽しんでいました。将棋を通して仲間ができた、という感じですね。
中学受検は棋士になるため
――中学校は中高一貫校の都立白鷗高校附属中学校を受検されていますが、その選択は、将来将棋の道に進んでいくことを踏まえ、高校受験がない、というのがポイントだったのでしょうか?
そうですね。わたしは、小学生の時点で、奨励会というプロになるための機関に入っていました。それは、小学生にとっては厳しすぎる決断なんですね。四段からがプロなのですが、その前段階の三段になるのがとても厳しく、また、この三段に上がる時期は、多くの場合、高校受験の時期とぶつかるんです。15、16歳くらいですね。そこで高校受験だからといって、学校の勉強と将棋の勉強を半々にやっていては勝てない世界なので、親は将棋だけに集中させたかったという思いがあったのだと思います。
――ご両親の勧めもあって中高一貫校を選んだわけですね。
そうです。また、白鷗は伝統文化への理解がありまして、将棋の対局などで休んでも公欠扱いにしてくれるのです。そのため、単位が足りなくて卒業できないということもありませんでした。さらに、わたしが小学生のときからずっと一緒に道場に通っていた、1歳上の方が白鷗に入っていたので、その人がいれば自分も大丈夫かな、という安心感もありました。
ただ、中学1年生のときは、環境に慣れるまで時間がかかりました。ほかの人は、受検のための勉強をして、塾にも通ってこの学校に入ってきているので、やはり頭がいいというか、勉強の面では追いつくのが大変でした。ただ、追いついてしまえば楽だと思っていた部分もあったので、中1で追いついてやろう、という気持ちで、がむしゃらに勉強した記憶があります。そのころは、勉強と将棋には半々位の割合で取り組んでいました。
――勉強と将棋でたいへんだったと思うのですが、高校ではさらにバスケ部に入部していますね。どういうきっかけで入られたのですか?
同学年に憧れの選手がいて、彼のプレーを見たときに、「ああ、すごいな」って思ったんですね。わたしはあまり上手ではありませんでしたが、「一緒に体育館でプレーできたらきっと楽しいだろうな」と、そういう気持ちもありました。将棋と学業の両立という部分では、先生にも恵まれていました。将棋のことをちゃんと理解してくれていたのと、あとは基本的に優しかったですね。プロ棋士になってからは平日も対局があるのですが、学校を休んで授業に追いつけなくなりそうなときに、わからないところを時間をとって教えてくださるなど、いい先生が多かったな、と思います。友人にも恵まれ、一生ものの友人にも出会えたと思っています。
16歳で大人!?
――プロ棋士になってからは、ご家族からどんなサポートを受けてこられましたか?
プロ棋士になったらもう一人前の扱いです。自分のことには自分で責任を持ちなさい、と。
――16歳でもう子ども扱いされていない?
もう働いて、それでご飯を食べていますから。プロ棋士になれたら一生、安定とはいえないですが、いちおう職業は決まったので、親としては安心なんですよ。あとは自分次第、がんばるかがんばらないか。ただプロ棋士になれるまでは、けっこう心配をかけたんじゃないでしょうか。
プロフィール
将棋棋士
佐々木勇気 (Yuki Sasaki)
1994年スイス・ジュネーブで生まれ、2歳までフランスに滞在。帰国後5歳の正月に将棋を始める。小学3年のとき全国小学生倉敷王将戦低学年の部に出場し優勝。4年で小学生将棋名人戦で優勝。同年、奨励会入会。その後、伝統文化を積極的に取り入れている中高一貫校・都立白鷗高等学校附属中学校に入学、2008年、中学2年4月に13歳8ヵ月で三段に昇段。2015年10月まで三段昇段の最年少記録保持者だった。2010年、16歳1ヵ月でプロ入り。2016年度の年間対局数は65局、堂々の1位タイで最多対局賞を受賞。2017年7月に六段に昇段。