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<あなたのまわりのサイエンス>

健康な胃は掃除がお好き

お腹がすくと自然と出てしまう、お腹の音。ちょっと恥ずかしいですが、胃が健康である証しでもあるのです。
(Z会小学生コース保護者向け情報誌『zigzag time 4・5・6年生』2014年6月号)

【2015年1月17日】


 

誰がために“腹”は鳴る?―健康な胃は掃除がお好き

 
 「グリュルルルルーッ」。お腹がすいていると、我慢していてもお腹の音は鳴ってしまうものです。高学年にもなると、お腹の音を恥ずかしく思うお子さんもいらっしゃるのではないでしょうか。

「動け」「動くな」 命令しなくても胃は動く

食道から送られてきた食べ物は、噴門を通って胃体へ。胃体から前庭にかけてが胃の波打つところ。胃の出口には、たまに開いて消化した食べ物などを十二指腸や小腸のほうに排出する幽門がある。なお、胃の上側を「胃底」というのは、手術のとき胃の下のほうからメスが入り、胃の上側が見えるのが最後だからという。

 お腹の音の発生場所は「胃」です。胃は、口から肛門まで約9mもの長さがある消化管の途中にある大切な器官。食道と十二指腸の間にあります。「胃袋」ともいわれるとおり、袋状になっていて、とてもよく伸び縮みします。「ケーキは別腹に入る」とよくいいますが、美味しそうな物を見ると、脳から「まだ、入りますよね」という指示が出て、本当に胃の容積が一時的に広がることもわかっています。その容積は1Lほどになります。
 胃の役割はおもに二つあります。食べ物をしばらくの間ためておくこと、そして、先にある小腸が栄養を吸収しやすくなるよう食べ物を“消化”することです。この消化のために、更に胃は二つの作戦を取っています。一つは、とても強い塩酸(胃酸)を出して、食べ物を“おかゆ状”に柔らかくするという化学的な処理。もう一つは、胃の真ん中あたりから下側にかけて波を打って、食べ物を十二指腸へ送ったり胃の上側に押し戻したりする物理的な運動です。この運動では食べ物の塊を細かく砕くことができます。この二つの作戦で、胃は2〜3時間ほどかけて食べ物を消化し、十二指腸や小腸のほうへと送り出します。
 胃の作戦は胃任せ。わたしたちは、お腹をへこませたり膨らませたりぐらいはできますが、意思で「酸を出しなさい」とか「波打ってください」と命令は出せませんね。胃がせっせとはたらいてくれるのは、ホルモンというごく微量の命令物質を出す内分泌系や、意思とは別に組織・器官を動かす自律神経系というからだのしくみが、食べ物の量や油分の多さなどに応じて消化をはたらきかけるからです。そして、この自動的なはたらきが、空腹のときの「グリュルルルルーッ」という音を出しているのです。

お腹が鳴る原因物質は「モチリン」

 では、音を鳴らす“主人公”に登場してもらいましょう。その名は「モチリン」です。ホルモンの一つで、1971年にカナダの生化学者ジョン・C・ブラウンが十二指腸から見つけました。十二指腸や小腸からモチリンが分泌されて、胃にはたらきかけて胃を波打たせていることがわかりました。
 しかし、どんなときモチリンが分泌されるのかは謎のままでした。そこで1974年、群馬大学医学部の伊藤漸がモチリンをイヌの体に入れて反応を見るという実験をしました。胃や腸など10数カ所に動きを捉える検知装置を取り付けてから、1μg(1mgの1000分の1)のモチリンをイヌに注射したのです。すると、空腹で「グリュルルルルーッ」と鳴るときと同じ胃の動きが見られました。腸から出てきたモチリンが、空腹の胃にはたらきかけて波打たせていたのです。あの音を引き起こす影の正体がモチリンであることを伊藤は突き止めました。

食べ物のないときこそ胃の掃除

世間ではいわれている民間療法であり、効き目があるかどうかは人それぞれですが・・・・・・。

 でも、まだ謎は残ります。食べ物を消化するために胃を波打たせるのであれば納得できますが、モチリンによる胃の運動はなぜか胃が空っぽのときに起きます。お昼前に恥ずかしい思いをさせなくてもいいのに。しかし、空腹時の胃の動きには大切な目的があるのです。
 伊藤が考えたのは「胃が掃除をしている」ということでした。空腹のときに胃が波打つことで小腸のほうへ運んでいるものは、はがれ落ちた細胞、増えすぎた細菌、それに粘液などであることがわかりました。レストランやホテルは、客が帰った後の時間帯に、次の客を迎えるために掃除をしますが、胃も同じように、食べ物が消化されて空っぽになった時間帯に、次の食べ物を迎えるための準備をしているのです。その掃除が空腹のときの胃の運動だと考えられています。空腹のときの胃の動きが活発なほど、健康な証拠ともいえそうです。
 お腹が鳴るのは、ちょっと恥ずかしい。でも、そんなわたしたちの繊細な気持ちとは全く別のところで、モチリンは今日もせっせとはたらいています。ひとえにわたしたちに健康な食生活を送ってほしいという一心なのかもしれません。

漆原 次郎(うるしはら・じろう)

1975年生まれ。出版社で8年にわたり科学書の編集をした後、物書きに。小難しいけれど魅力的な科学技術の世界を伝える研究もしています。
小話ブログ「科学技術のアネクドート」(http://sci-tech.jugem.jp)日々更新中。


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