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<解決できる? 世の中の難問>

2018年夏号 マラリアは撲滅できる?

2018年夏号の『Z3』で科学コミュニケーターのhonちゃんがお話をうかがったのは、世界で初めてとなるマラリアのワクチンを開発し、マラリアを撲滅するために奮闘している、大阪大学の堀井俊宏先生。堀井先生はこの難問にどのように挑んでいるのでしょうか?
(取材・文:科学コミュニケーター 本田隆行
 サイト:I AM A SCIENCE COMMUNICATOR ! )

【2018年7月4日】


 

堀井先生、マラリアってどんな病気なんですか?

 

マラリアは、寄生虫の一種であるマラリア原虫に感染することで起こる熱病です。
このマラリア原虫を持ったハマダラカという蚊によって媒介され、発症すると高熱のほか、さまざまな合併症を引き起こし、重症化すると死に至る怖い病気です。

年間、どのくらいの人がマラリアが原因で亡くなっているのですか。

マラリアの感染が起こっている国および地域

マラリアのリスクのある国と地域(2011年) WHO International travel and health. 2012 をもとに作成

WHOの調査によると、2016年には、91カ国で2億1,600万件のマラリアが発生(感染者数)しました。死亡数は445,000人で、その大半が免疫力が弱い5歳以下の児童でした。マラリアの流行の中心は、アフリカの熱帯地域に広がる湿地帯です。経済的に貧困状態にあるアフリカの国々は、医療体制や衛生状況が劣悪で、家屋もハマダラカが侵入しやすい構造のため、マラリアによる犠牲者が後を絶ちません。たとえばウガンダでは、病院を利用する患者といえばマラリア患者が一番多く、死因のトップもマラリアによるものです。アフリカ諸国では、マラリアの対策は国家レベルの問題とされているんですよ。

多くの犠牲者を出す恐ろしい病気なのに、これまで有効な対策はとられていなかったのでしょうか。

アフリカの典型的な住居

アフリカの典型的な住居。風通しをよくするために開口部が広く、蚊の進入を防ぐことができない。

治療薬として、これまでにいくつかの抗マラリア薬が用いられてきました。治療薬というのは、マラリアに感染し、発症した後に服用する薬です。治療薬が問題なく効けば、マラリアによる犠牲者を大幅に減らすことができます。しかし、とてもやっかいなことに、マラリア原虫は遺伝子を変化させることで、薬剤耐性を獲得する性質があるのです。抗マラリア薬として有名な「クロロキン」が有効に使われていた頃は、マラリアによる犠牲者数もある程度低い水準に抑えることができていました。しかし「クロロキン」に耐性をもつマラリア原虫が出現すると、年間の犠牲者数が増加してしまったのです。そこで「クロロキン」に代わる新薬を開発し、用いるようになりましたが、最近、その新薬に耐性があるマラリア原虫が新たに出現し始めています。

新しい治療薬を作ると、その薬に耐性をもつマラリア原虫が出現する。これでは、いつまでたってもマラリアによる犠牲者を減らすことができませんね。では、堀井先生はマラリアによる犠牲者を減らすため、どのような研究をされているのでしょうか。

蚊

吸血するハマダラカ

私の研究は、マラリアワクチンを開発するというものです。みなさんは、治療薬とワクチンの違いを知っていますか?治療薬の目的は、先ほど言ったとおり、感染・発症した病気をやっつけ、病気を治すことです。一方、ワクチンは、元気な体にあえて病原体から作られた「抗原(体が異物とみなす“敵”のようなもの)」を入れることで、マラリア原虫に対する免疫をつくり 、発症を予防することが目的です。ワクチンにより得られる免疫の効果は長期的ですから、有効なワクチンを開発し、マラリアの流行地域の住民全員に接種することができれば、マラリアを撲滅することができると考えられています。

先生の開発しているワクチンについて、詳しく教えてください。

 

ワクチンについて説明するにあたり、まずはマラリアの感染のメカニズムを、図を見ながら説明しましょう。これはマラリアの感染がどのように広がっていくかを表した図です。

蚊からヒトへ、ヒトから蚊へ循環しているように見えますね。

体内へ侵入する循環図
そのとおりです。マラリア原虫はハマダラカが刺すことにより、唾液腺からヒトの体内に侵入します❶。このとき、マラリア原虫は「スポロゾイト」と呼ばれる種虫の姿をしています。ヒトの体内では、まず肝臓で増殖し❷、さらに赤血球内へと移動して、「メロゾイト」と呼ばれる姿になり、赤血球から赤血球へと爆発的に増殖していきます❸。感染者は、このタイミングでマラリアを発症します。そして新たな蚊が感染者を刺すことで、マラリア原虫が蚊の体内に侵入し、次の感染を狙うのです❹❺。私たちが開発を手掛けているワクチンは“BK-SE36”といい、この「メロゾイト」に対する免疫をつけるものです。

“BK-SE36”を接種すると、どのようなしくみで免疫がつくのでしょうか?

赤血球期のマラリア原虫の姿である「メロゾイト」が赤血球の外に飛び出す直前に、SE47というタンパク質が「メロゾイト」の表面にたくさん着くことが研究で明らかになりました。図でいうと、黄色いドットがSE47です。私たちの開発しているワクチン“BK-SE36”は、このSE47を改良したSE36という組換えタンパク質を使って作っています。ワクチン接種によってSE36が抗体のないヒトの体に入ることで、体は「異物が入った!」と認識し、SE36(仮想のSE47)=敵だと覚えます。これがすなわち「抗体ができる(免疫がつく)」ということです。そうすれば、その後、もしマラリアに感染しても、表面にSE47=敵をまとった「メロゾイト」が姿を現したときに体の免疫が攻撃するので、それ以上「メロゾイト」が増えないのです。

“BK-SE36”の開発は、今どのくらいまで進んでいるのですか?まだ実用化はされていないのでしょうか?

すでにワクチンの安全性を証明する試験は終え、現在は、アフリカの流行地に住む人を対象にした臨床試験を実施しているところです。最初に、2010年から2011年にかけて、ウガンダで6歳から20歳の住民66名に対して臨床試験を行いました。“BK-SE36”を接種した被験者群と、接種していない対照群について1年間の追跡調査を行った結果、“BK-SE36”を接種した被験者群では、対照群に比べてマラリア発症の累積数が少なく、72%の防御効果となりました。これは世界的に見て、とても高い防御率なんですよ。世界には、私たち以外にもマラリアワクチンの開発を手掛ける研究機関があり、そのうちの一つは、最大手の製薬会社です。彼らは、「メロゾイト」を狙った私たちとは異なり、肝臓にいる「スポロゾイト」を狙ったワクチンを開発しました。そのワクチンの防御効果は31%です。比較すると、“BK-SE36”の72%という防御効果の高さがわかるでしょう。
防御効果に差が生まれた理由の一つは、“BK-SE36”が「メロゾイト」を狙ったワクチンだというところです。「スポロゾイト」を狙ったワクチンでは、免疫によりすべての「スポロゾイト」を押さえ込む必要があります。なぜならば、そこで取り逃した「スポロゾイト」が一匹でもいた場合、赤血球に移動後、爆発的に増殖し、マラリアの発症につながるからです。しかし「メロゾイト」を狙ったワクチンでは、ある程度の増殖を抑えることができれば、マラリアの発症を防ぐことができます。これが防御効果の差につながったわけです。実は私がマラリアワクチンの研究を始めた当初、世界の研究機関の多くは「スポロゾイト」をターゲットにしたワクチンの開発を進めており、「メロゾイト」をターゲットにしたワクチンを開発していたのは私たちだけでした。理由はとても単純で、「スポロゾイト」に付着するタンパク質が、「メロゾイト」に付着するタンパク質より先に発見されたからです。そのため、科学者のあいだでは「スポロゾイト」への注目度が高かったのです。科学というと、絶対的な理論に基づき真実を追求するものに思えるかもしれませんが、案外、人の流行を追っているものです。私たちは、あえて注目度の低い「メロゾイト」をターゲットにしたことで、“BK-SE36”を作り出すことができました。

防御効果の高いワクチンができたんだから、もう安心ですね!

 

でも、ここに至るまでにさまざまな試行錯誤があったんですよ。たとえば、臨床試験を始めた当初、日本人に“BK-SE36”を接種すると全員抗体価が上がるのに、現地の大人に接種しても、まるで抗体価が上がらないことがありました。最初は理由がわからず、目の前が真っ暗になりました。

理由は判明したのですか?

はい。現地の大人は昔から何度もマラリアに感染しているため、すでにワクチンを異物と認識しないようになっていたのです。でも、これは裏を返せば、現地の大人はマラリアに感染しても発症しにくい、発症しても重症化しにくいということです。一方、同じ現地の住民でも、まだ感染経験の浅い子どもには“BK-SE36”の接種が大変有効です。ウガンダで行った臨床試験では、6歳〜10歳、11歳〜15歳、16歳〜20歳と年齢を区切って試験を行いましたが、年齢が下がれば下がるほど、免疫応答が高く出ました。ウガンダでの試験後、ブルキナファソでも臨床試験を行い、こちらは1歳と、2歳〜5歳を対象に“BK-SE36”を接種しましたが、予測どおり、最も免疫応答が高く出たのは1歳のグループでした。マラリアによる犠牲者のほとんどが5歳以下の児童であることを考えると、死亡率の高い若年層に対して最もワクチン接種の効果があるというのは理想的な結果です。

よい結果が出ると、周囲の理解も得られますよね。

そのとおりです。ワクチンの開発を始めてから、臨床試験までたどり着くまで、苦節15年。基礎的な実験を繰り返し、動物を相手にした実験を進め、そしてようやく臨床試験。“BK-SE36”を実用化するためには、こうしてコツコツと蓄積した試験結果をもって、政府や財団など関係する多くの機関に「このワクチンは安全かつ効果がある」と納得してもらう必要があります。現在は防御効果を100%近くまで引き上げるべく、SE36にアジュバンド(免疫増強剤)というワクチンの効果を上げる物質を加えた新しい剤型の開発に着手しています。アジュバンドは効きすぎると免疫が強くなりすぎ、自己免疫疾患(免疫が自分まで攻撃する状態)になる恐れがあるため注意が必要ですが、日本で行った臨床試験では狙い通り、“BK-SE36”にアジュバンドを加えたことで、より高い防御効果を出すことができました。今後は、再びブルキナファソ臨床試験を行い、その結果をもって、日本・米国・ヨーロッパでの薬事承認を目指します。

薬事承認が得られたら、いよいよ販売ですね。

“BK-SE36”の実用化に向けて、登山で言えば、今、ちょうど7合目を超えたあたり。ブルキナファソの臨床試験で効果が認められれば、一気に薬事承認を得るための最終段階に入っていけると信じています。ゆくゆくは、1本1万円くらいの価格で、提供できたらよいですね。私は来年、定年を迎えるのですが、残りの人生もマラリアワクチンとともに歩むつもりです。まずは、“BK-SE36”の実用化を成功させ、その後はアフリカや国連へ足を運び、このワクチンの有効性を自ら説明して回りたいと思っていますよ。


堀井俊宏先生(大阪大学 微生物病研究所 難治感染症対策センター)

1953年大阪生まれ。1976年大阪大学理学部卒業後、1980年同助手、1984年から2年間を米国ダートマス大医学部へ准教授として留学し、それまでの分子遺伝学研究分野から転身し、マラリア研究を開始する。1991年大阪大学微生物病研究所助教授、1999年同教授を経て、2005年大阪大学微生物病研究所附属難治感染症対策研究センター長および国際感染症研究センター長に就く。


 

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