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<解決できる? 世の中の難問>

2018年春号 台風の発生は予測できる?

毎年、夏から秋にかけて日本に上陸し、各地に大きな被害をもたらす台風。2018年春号の『Z3』で科学コミュニケーターのhonちゃんがお話をうかがったのは、台風発生の事前予測を実用化する研究を進める、東京大学の佐藤正樹先生です!
(取材・文:科学コミュニケーター 本田隆行
 サイト:I AM A SCIENCE COMMUNICATOR ! )

【2018年7月4日】


 

佐藤先生、天気を正確に予測するというのは、難しいことなんですか?

 

たとえば「東日本の広い範囲で雨が降る」というような、広い範囲での大まかな気象現象は、ある程度、正確に予測をすることができます。でも、もっと狭い範囲で起こる細かな気象現象を予測するのは、なかなか難しいですね。

狭い範囲とは、具体的にはどのくらいの範囲のことをいうのですか?

たとえば夕立が起こるとき、自分の住んでいる町では大雨が降っているのに、すぐ隣町では雨が降っていないということがよくありますよね。大雨をもたらす積乱雲(入道雲)は、私たちが住む町くらいのサイズ、だいたい数km〜数十kmくらいなんです。気象情報は、その範囲が狭ければ狭いほど、予測の精度が求められるので難しいんですよ。この10年くらいで、ようやく少しずつ、シミュレーションができるようになってきたところです。

狭い範囲の気象現象の予測は、なぜそんなに難しいのですか?

気象現象を予測する際は、気温や気圧、湿度、風速、風向など、数多くのデータをもとに膨大な計算をすることで、雲の生成や消滅についてシミュレーションしていかなければなりません。とくに、狭い範囲の気象現象には雲や降水の計算が必要です。以前は、その計算を行うコンピュータの処理能力が不足していたため、細かいサイズで雲の計算が必要な精微な気象現象の予測が難しかったんです。しかし近年、より膨大な計算を高速で行えるスーパーコンピュータが登場したので、狭い範囲の気象現象の予測の精度が格段に向上しました。

積乱雲の動きと台風の発生はどう関係しているのですか?

私の研究では、スーパーコンピュータを使って計算を行い、積乱雲の動きをシミュレーションしているのですが、なかでも私が注目したのは、熱帯地方に現れる“積乱雲の塊”です。毎年夏から秋にかけて日本に来る「台風」や北大西洋・カリブ海の「ハリケーン」、インド洋の「サイクロン」といった、各地に被害をもたらす重大な気象現象は、すべて熱帯低気圧が強くなったものにつけられる名称です。熱帯低気圧とは、熱帯地域の海上で発生した“積乱雲の塊”が渦を巻いたものです。私たちは、この熱帯地域に発生する“積乱雲の塊”に注目し、その動きを正確にシミュレーションすることで、「台風」の発生を予測する研究を進めてきました。台風は、暴風や大雨、高潮などの大きな被害をもたらす側面と、水源という形で恩恵をもたらす側面があります。そこで台風の発生を事前に予測することができれば、社会に大きく貢献できると考えました。

それまで、台風の発生を事前に予測することはできなかったのですか?

はい。すでに発生した台風については、その後の進路や強さをコンピュータ上でシミュレーション予測をすることが可能でしたが、まだ何もない海上に、何日も前から台風の発生を予測することは難しいと考えられていました。本当にそんなことが可能なのか…。研究を進めていた私たちも、最初は半信半疑でしたよ。

honちゃんの豆知識

Q 台風・ハリケーン・サイクロンの違いってなに?

A 実は、この3つは同じものなんだ。台風は北太平洋西部(日本の近く)で発生をした熱帯低気圧で、秒速17m以上のものを指すよ。サイクロンも台風と同じく秒速17m以上の熱帯低気圧のことだけど、その発生場所はインド洋や南太平洋。つまり発生場所が違うだけで、呼び方が変わるんだね。ハリケーンは北太平洋東部や北大西洋・カリブ海(アメリカのまわり)で発生した熱帯低気圧のことだけど、台風やサイクロンより強い、秒速33m以上の熱帯低気圧と定義されているんだ。日本だと「強い」台風と言われるくらいの規模だね。みんなは、この3つの違いわかったかな。

難しいと考えられていた台風発生の事前予測をどのように可能にしたのですか?

 

熱帯地域で起こる積乱雲の不思議な振る舞い「マッデン・ジュリアン振動」の数値シミュレーションに成功したことで、約2週間後の台風発生の予測が可能となり、事前予測ができるようになりました。

それはすごい!「マッデン・ジュリアン振動」とは、どういうものですか?

インド洋の熱帯地域で時折、巨大な積乱雲の塊が発生することがあります。これが消えることなく、塊ごとゆっくりと東に東に移動していくのが「マッデン・ジュリアン振動」と呼ばれる現象です。この現象によって、台風が生まれたり、ジェット気流やエルニーニョ現象にも影響を与えたりすると言われています。「マッデン・ジュリアン振動」は、人工衛星からの観測ではその存在が知られていた現象でしたが、2007年に世界で初めてコンピュータ上で再現することに成功しました。本当に驚きましたし、うれしかったですよ。今は、そこから台風が発生する過程まで忠実に再現(シミュレーション)するところまでできるようになりました。
赤道付近の実際の雲の様子とシミュレーションをした雲の様子

2006年12月28日4時30分(世界標準時刻)(日本時間13時30分)


静止気象衛星MTSAT-1Rが撮影をした、赤道付近の実際の雲の様子(左)と、先生がシミュレーションをした雲の様子(右)。
赤で印をつけているところが、「マッデン・ジュリアン振動」の雲の塊。

実際に雲が動いていくシミュレーションの様子を動画で確認してみましょう!
動画はこちらをクリック。

ずばり、シミュレーションの成功の鍵はどこにあったのでしょうか?

雲の塊の一つひとつの生成・消滅を詳細に計算できる、全球雲解像モデル「NI(ニッCAM)*を開発したことです。最初にお話ししたように、積乱雲一つの大きさは、小さいものだと数kmです。そこで気象の変化を予測するときは、地球を細かく区切って、その格子(区切り)ごとにデータを用いて計算をしていくという方法をとります。まずは図1を見てください。これは、地球を、緯度・経度方向に細かく区切るという、伝統的に用いられてきた方法です。赤道近くと南極・北極のそれぞれの格子で、サイズにばらつきがあるのがわかりますか?格子の間隔が狭いほど、より現実に近い精度の高い計算ができるわけですが、図1の方法だと、赤道付近の格子を細かくすればするほど、南極・北極付近の格子はとてつもない細かさになっていきます。すると、計算速度の速いスーパーコンピュータを使っているとはいえ、解析にかかる時間はどんどん増えるし、解像度の高い解析ができません。では、図2を見てください。私が開発をした全球雲解像モデル「NICAM」では、この図のように地球を正20面体に分割し、そこからさらに細かく分割していくことで、地球の表面をほぼ一様な間隔の格子で覆うことにしたのです。この方法であれば、赤道付近の格子を細かくしても、南極・北極付近の格子のサイズもほぼ同じ大きさです。このときの研究では、それぞれの格子サイズを3.5キロメートルまで小さくすることができました。格子のサイズがそろっているので計算も効率化でき、短い時間でより精度が高く現実にシミュレーションができるようになったのです。

* Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model(非静力学正20面体格子大気モデル)の略。

 

なるほど! 格子の分け方に工夫を凝らした「NICAM」を使うことで、赤道付近の雲の塊の一つひとつを速やかに計算できるようになり、それが「マッデン・ジュリアン振動」のシミュレーション成功につながった。そして台風発生の予測成功にもつながったというわけですね!

 

「NICAM」では、ほかにどんなことがわかるのですか?

 

「NICAM」は雲の様子を知るために開発しました。
たとえば、雲がどうやってできるのかといったシミュレーションにはこだわっています。

雲は具体的にどのようにできるのですか?

雲は水蒸気が上昇して小さな水の粒になったものからできています。小さな水の粒がだんだん集まって重くなったら雨になりますが、温度によっては途中で氷の粒になる。氷と水では太陽光の反射・吸収の度合いが変わるので、気候にも影響します。こういった細かな影響についてもシミュレーションに反映できるよう、研究を重ねました。

初めて「マッデン・ジュリアン振動」の再現に成功してから、10年。研究はどのような方向に進んでいるんですか?

私たちは世界に先駆けて大規模な気象予測の研究に取り組んでいるので、そのぶん豊富な知識やデータを蓄積しています。随時それらをシミュレーションに反映させることで研究を進めていますよ。気象現象は、地球全体、大気だけでなく海や陸地との関わりも重要になります。そこで現在は、コンピュータ上で海洋のモデルと大気のモデルを組み合わせたシミュレーションを行うことで、相互作用を再現し、新たな研究対象としています。

予測の精度に磨きをかけているのですね。今、実際に発生する台風のうち、どのくらいの確率で事前予測ができているのですか?

特定の年の実験結果ですが、「マッデン・ジュリアン振動」と関連する台風については、7割ほどの確率で2週間ほど前から発生の予測ができました。この予測結果は、大変期待がもてる結果といえます。でも台風が発生する原因は、「マッデン・ジュリアン振動」だけではありません。たとえば2016年はとても台風の多い年でしたが、この時は「マッデン・ジュリアン振動」とはまた別の要因が引き金になっていました。台風発生の事前予測の実用化には、まだクリアしなければならない課題がたくさんあります。

天気予報って奥が深いんだなあ。

ええ、本当に複雑です。でも、気候や天気は、人々の生活に深く関わるものです。衣食住に始まり、交通や運輸、日々の行動に至るまで、すべてに影響を与えます。だからこそ、実用化に向けて地道に研究を進めなければと思います。さらに今後は、過去から未来にかけた、長期的な気象予測にも取り組んでいきたいです。実際に今、将来を想定した、60年分に及ぶ気象シミュレーションを行うことで、地球温暖化における台風の活動の変化について、その傾向を解析するという研究も進めています。私たち研究者にとって幸いなことに、最近は、町中からスマートフォンにいたるまで、あちこちにセンサーがある時代です。これらと人工衛星のデータを組み合わせることで、シミュレーションと実際の気象状況との誤差を埋めていくといった試みも可能になるでしょう。そういった最新の情報技術を駆使しながら、より長期で精度の高い気象予測の実現に努めていきたいと思っています。


佐藤正樹先生(東京大学 大気海洋研究所)

東京大学大気海洋研究所教授。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。埼玉工業大学助教授、英ケンブリッジ大学客員研究員などを経て、1999年地球フロンティア研究システム研究員。2005年東京大学気候システム研究センター助教授、2009年海洋研究開発機構チームリーダー、2011年東京大学教授。2007年度気象学会賞、2016年度文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞。


 

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