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<知の研究 〜研究室訪問〜>

2019年春号「何度でも再生するイモリの体に秘められた不思議な力の解明に挑む」

昨今話題の「再生医療」とは違い、生物学的な視点からのアプローチで「体の再生」のしくみに迫る人がいる。
それが筑波大学の千葉親文教授だ。
身近な両生類であるイモリだが、古くは18世紀から、とてつもない「再生力」をもつことが知られていた。イモリの「再生力」とはどのようなもので、今どこまで謎に迫っているのか。
千葉教授が研究を始めたきっかけなども伺いながら、イモリの不思議な能力と研究の意義に迫った。
(取材・文:科学コミュニケーター 本田隆行
 サイト:I AM A SCIENCE COMMUNICATOR ! )

【2019年2月8日】


 

幼生期と生体後で再生のしくみを変えるイモリ

 
イモリとヒトの再生力の違い
欠損した体が、元通りの姿に修復していく・・・。私たちヒトにとっては夢のような話だが、いとも簡単にそれをやってのける生物がいる。それが、イモリだ。小さいうちは水の中、大人になれば陸で生活する両生類だが、その体に秘めている「再生力」はほかの生物と比べても群を抜いている。再生をする生物といえばトカゲの尻尾を連想する人が多いかもしれないが、トカゲは尻尾の骨まで完全に再生することはできず、再生可能な回数も1回限りだ。しかしイモリは、たとえ腕を切断しても、傷跡を残さずに骨を含め何度でも再生できるという。過去に行われた実験では、目の中でレンズの働きをする水晶体を19回取り除いても、問題なく再生したという記録が残されている。

実はイモリに限らず、カエルやオオサンショウウオなどの両生類は、水中で暮らす幼生期に高い再生力をもっている。また、ヒトを含む四肢動物も、程度の違いはあるものの、水中成長する胎児期に高い再生力をもつことが知られている。ところがイモリに限っては、成体となり陸上生活に適応した後も高い再生力を保っているのだ。なぜ、イモリは成体でも再生力を失わないのか。その謎については、未解決のままであった。しかし千葉教授率いるチームの研究により、実はイモリは幼生期にもつ再生力をほかの生物と同様に一度失い、代わりに別のしくみの再生力に切り替えることで成体後も再生力を維持しているということがわかってきている。

成体イモリの前肢再生実験の様子
千葉教授らの研究によれば、イモリが幼生期にもつ再生のしくみと、成体になってから再生するしくみは異なるという。

「幼生期のイモリや私たちヒトの胎児には、役割分担される前のどんな細胞にもなれる『幹細胞』が存在し、それを使うことで傷を再生します。この『幹細胞』は陸上生活をし始めるとガクンと数を減らし、損傷した細胞の再生が難しくなります。しかし成体になったイモリは、『幹細胞』に代わり、役割分担された後の細胞の特徴をいったん消して(=脱分化)つくった『脱分化細胞』を用いて傷の再生をするのです。つまり、筋繊維が切断されれば、筋繊維から筋繊維の元になる『脱分化細胞』をつくって復元する。骨は骨だし、皮膚は皮膚というように、傷ついたのがどんな種類の細胞だったかという記憶をもったまま再生する。とても効率的だし、機能的なんです」。

つまり、イモリとヒトの再生力の決定的な違いは、役割分担された後の細胞を"脱分化"するためのスイッチの有無だというのだ。

「イモリはその進化の途中で、傷を直すプログラムが突然変異を起こしたことで、細胞を"脱分化"するスイッチを手に入れたのではないかと考えられます。僕たちの研究は、その突然変異のしくみを解き明かすことで、ヒトに応用できる"脱分化"のスイッチを作り出すことなんです」。

千葉教授の研究室ができた2006年当時、日本はこの分野の研究において、海外にかなり遅れている状況だった。それから10年余りが経ち、医療技術が飛躍的な進歩を遂げた今では、再生医療について耳にすることも格段に増えた。千葉教授の研究には、関連性が強い医療系の研究者や臨床医との共同研究も多い。そこで感じるのは理学と医学、双方の研究スタンスの違いだ。

「まわりはみんな医学系ですが、私は理学の人間です。両方とも生物を扱う学問としては同じですが、立ち位置が明確に違います。理学から生物を見る人は『なぜそう生きるのか』という存在意義を、医学から生物を見る人は『どうすれば人間に適応されるか』ということを考えます」。


生物を傷つける以上、必ずヒトに役立てるという覚悟を

 
イモリがもつ不思議な再生力について日夜研究を重ねる千葉教授だが、子どものころはヒトについて生物学的に説明する動物行動学的な研究に興味があったという。だが、第一志望だった大学で出題された入試問題に共感ができず、一浪してさまざまな大学の過去の入試問題を調べ上げた結果、最も共感できた奈良教育大学への入学を決めた。入学後は他大学の動物行動学に関するセミナーに参加しながら研究者の道へと足を踏み入れたが、大学院でも希望の道へは進めずに動物生理学の研究室へ配属されることになる。

「田舎で生物に囲まれて育ったこともあり、研究のためとはいえ、生物を殺すことにはとても抵抗がありました。しかし研究者として生きていくためにはしかたないと、どうにか気持ちに折り合いをつけ、シャコやエビの神経系の研究を始めました」。

その後、縁あって誘いを受けた筑波大学の博士課程へと編入し、そこでイモリとの運命の出会いを果たす。小さなサイズの神経組織が、何度やっても同じように再生する様子を目の当たりにし、たちまちイモリに夢中になったそうだ。今でこそ人生をかけてイモリの再生研究をしている千葉教授だが、覚悟をもって取り組もうと決意したきっかけは息子の誕生にあるという。

「イモリの再生研究は、あえてイモリを傷つけ、痛そうな状態を観察します。息子が生まれるまでは、研究と称して生物を傷つけておきながら、一方では()でるという行動に矛盾を感じ、まだ心のどこかで、この研究に対する覚悟をもちきれていませんでした。でも、息子に自分の仕事を説明しているうちに、研究者である僕らはイモリを食べて生きているに等しいのだ。この研究を続ける以上、必ずヒトに役立てなければならない、という覚悟が生まれました。心から生物が好きだからこそ、真剣に生物に向き合い、とことん研究するべきなんです」。

永続的な研究を見据えた、後継者育成と保全活動

 
いもりの里

研究・教育用のアカハライモリを育てるため、茨城県取手市には、「いもりの里」がつくられている。

生命の設計図とも言われる、ゲノム。ヒトの5〜10倍ものスケールのゲノムサイズをもつとされるイモリは、これまで研究対象として難しいとされてきた。千葉教授が研究を始めたころは、イモリゲノムの塩基配列をすべて解読しようとすると50年以上計算し続けても終わらないという状態だった。しかし今ではコンピュータの処理能力があがり、比べ物にならないほど大規模に、高速な処理をできるようになっている。今後は遺伝子レベルのイモリの謎に迫ることもできるようになるだろう。しかし、千葉教授の今後の研究に対する考え方に、野心は見えない。

「イモリという対象はすでに目の前にいます。どれだけ不思議な能力をもっていようとも、自然の法則やメカニズムはずっと昔からそこにある。そのメカニズムを誰が見つけるのかは小さな問題で、自然科学の研究に野心は必要ありません。謎に行き着くためには何が必要かを常に考えて、自分にできる研究を一つひとつこなし続けるのが私の仕事です。それに、未来の研究を担う優秀な学生たちを育てていくのもね」。

そうほほえむ千葉教授のもとには、千葉教授を慕う学生が国内外から集まる。修士2年の(しま)(ざき)さんは高校時代にiPS細部のニュースにふれたことから再生医療に興味をもち、千葉教授の研究室に。博士2年のユウさんは親友の大怪我をきっかけに、傷の残さず完全なかたちでの再生をめざす千葉教授の研究を学びたいという強い志をもち、中国からやってきた。千葉教授によると、二人がコツコツ続けてきた研究の成果が出始めているそうだ。

千葉教授は、今後も着実に研究を進めるためにイモリの保全活動にも力を入れている。

「再生メカニズムの解明が進み、ヒトへの応用を考える段階になったときには、今よりも多くのイモリが必要になります。イモリの生息域や生息数は都市化などの影響で徐々に減少しており、2006年には環境省レッドリストで準絶滅危惧種に指定されるまでになりました。僕たちの研究は、イモリがいて初めて成り立つもの。大切な相棒を守るため、今後も保全活動を盛り上げていくつもりです」。

イモリのもつ不思議に魅せられた千葉教授の研究は続いていく。

学生

千葉研究室で学ぶ、ユウさん(左)と島嵜さん(右)


覚えておこう!遺伝子とゲノムの違い
遺伝子とは、親から子やそれ以降の世代へと受け継がれる遺伝形質(形や性質などの特徴)を決定する因子のことである。遺伝子の本体はDNA上の特定領域で、その領域でのDNAを構成する塩基の並び方(塩基配列)で遺伝子の機能が決まる。一方、ゲノムとは、動物の卵または精子といった配偶子に含まれる遺伝情報(染色体や遺伝子)全体をさす。ゲノムには、その生物が生命活動を営むのに必要な最小限の遺伝情報が含まれていると考えることができる。
『生物 知識の焦点』(舘野正樹著/Z会)より

千葉親文先生先生(筑波大学生命環境系教授)

千葉親文先生
1965年福島県生まれ。1989年奈良教育大学教育学部卒、1992年同大大学院教育学研究科修了。1995年筑波大学大学院生物科学研究科修了。博士(理学)。同大生物科学系助手に就任。1996年同講師、2006年大学院生命環境科学研究科助教授、2018年4月から現職。 イモリ研究者でつくる「イモリネットワーク」代表。
筑波大学・生命環境系 脳神経情報学分野・再生生理学研究室

過去の記事

 

2018年度までの連載「解決できる? 世の中の難問」は以下からご覧いただけます。

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