The current state of drug development: Delivering medicine where and when it is needed

必要なところへ、必要な時に届けますー医薬品開発の今

薬(緑)が到達した癌細胞の写真(青は核)

 クロネコのロゴマークで親しまれている宅急便を創ったヤマト運輸は、元々大型トラックで荷物をまとめて大量輸送することが事業の中心だった。しかし、今や、例えリンゴひとつでも個人宅へ届ける宅急便が同社の主業となっている。ヤマト運輸は、郵便小包が独占していた個人宅配事業に参入して成功した。その理由はサービスの緻密さにある。届けたいものを、届けたい相手に、届けたい時を指定して届ける。当時の郵便小包にはなかったきめ細かさこそが、同社の宅急便事業を飛躍させた。

 私たちが使う薬でも、実は「宅配サービス」の研究が進んでいる。ここでいう「宅配」は、富山の薬売り*のようなビジネスモデルのことではなく、私たちの臓器をはじめとする、体の様々な部位に届けるという意味だ。

 私たちが食べた物は、胃で分解され、吸収されやすい状態になる。その栄養は一部が腸で吸収され、残りは肝臓を通って血液に入り、全身に運ばれながら吸収されていく。内服薬もこの経路で体に吸収される。注射を使う場合は、胃、腸、肝臓を飛ばして、直接血液に注入される。どちらにしても、薬がそのまま血液に入ると、全身隈なく、必要のない部位にまで届けられることになる。

 例えば、抗癌剤はそれを必要としない部位にも運ばれ、そこの細胞を壊してしまう。これが抗癌剤の副作用である。このような副作用を避け、薬の効果をより高めるのが、薬の「宅配サービス」だ。錠剤は薬をコーティングし、コーティングが溶ける時間を調節して患部に届ける工夫だ。コーティングを多層化すれば、きめ細かく「届ける相手」や「届けたい時」を決めることができる。ナノテクノロジーを利用したマイクロカプセルに入れれば、さらに高い精度で薬が患部に届く。他にもバイオテクノロジーを使う等、様々な方法が考えられている。

 つまり、薬の「宅配サービス」の研究とは、どのような薬を、体のどこに、いつ届ける(投与する)かを制御する研究である。この「宅配サービス」を Drug Delivery System (DDS)と呼ぶ。日本大学工学部の石原務教授は、DDS の中でも、特に2つの方法を研究している。一つは、ナノ粒子に薬を閉じ込めて患部まで運ぶ「カプセル医薬」だ。実用化できれば、副作用による患者の負担を大幅に減らすことができる。もう一つは、人工的に作った核酸分子で、病気の原因となる遺伝子を制御する研究だ。この仕組みが実用化すれば、様々な難病の治療に役立てることができる。

 このように、現在の医薬品の開発には DDS が不可欠で、医学と薬学に加えて、工学のものづくりの視点と技術が求められている。

*江戸時代、富山藩の二代目藩主だった前田正甫(まえだ まさとし)は、藩内で調合した薬を全国に広めるため「おきぐすり」の販売システムを作った。それは、薬を求める人に薬のセットを渡し、そこを定期的に訪れる時に、使った薬を補充して、その代金をもらうという、当時としては画期的なシステムだった。それ以降、富山の薬売りは日本全国に販売網を築いた。

 

石原務教授(日本大学工学部生命応用化学科)

東京工業大学大学院生命理工学研究科にて博士(工学)の学位を取得。学術振興会特別研究員としてテキサス大学に留学した後、東京慈恵医科大学総合医科学研究センター講師、そして熊本大学薬学部特任准教授として勤務。2010 年より現職。工学部、医学部、薬学部に在籍して得た幅広い経験・知識を基に、民間製薬企業とも協業しながら「ものづくり」という工学的な見地から DDS 医薬品の研究開発に従事している。

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