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変化の激しい社会を生き抜く力を育てるには――小学生の今、親にできること(1)

情報化、科学技術の発展、グローバル化など、変化のスピードが加速している時代。子どもたちが一人前の社会人として生きていく未来を見据えたとき、どのような力が必要となるのでしょうか。その力を育てるために、保護者には何ができるのでしょうか。今月は、企業や組織における学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究されており、小学生の子をもつ父親でもある中原淳先生(東京大学 准教授)に、「これからの社会」で求められる力とその育て方についてうかがいました。
【文・尾内通子】

「○○ならば安泰」という考えはもはや通用しない時代

――社会の変化のスピードがより一層速まっているように感じられる昨今ですが、先生ご自身は、研究者として、また子をもつ親として、今の世の中の変化をどのように捉えていらっしゃいますか。

想像以上のスピードで物事が動いているなと感じています。一人ひとりが自ら高くアンテナを立てて変化を捕捉し、自分の人生をビルドアップしていかなくてはならなくなっているのに、われわれ大人はその現状をどのくらい現実感をもって受け止めているのか?と考えると、正直不安を覚えます。

というのも、わたしも2人の子どもの親ですから、自分と同じくらいの世代の親たちと子育てや子どもの将来のことについて話す機会があるのですが、話の中身が、ともすれば「20年前の常識論」に落ち着いてしまいがちなことに危機感を感じます。これは自戒を込めて申し上げます。わたしたちは、ともすれば、今の社会の問題を「わたしたちが子ども時代を過ごした20年前の方程式」で解決しようとなってしまいがちなのです。とにかく話のベースにあるものが20年前のままなのです。

――子どもや子育てに対する考え方が、20年前の常識のまま、ということでしょうか。たとえば……?

たとえば「資格をとれば安心だ」とか、「理系に進めば手に職がつく」とか、「大企業に入れば成功だ」といったことが、「常識」のように語られることがあります。でも、はたしてそれは本当なのでしょうか。

――確かに、今やそうした「常識」と現実との間にはギャップがあるかもしれませんね。

まず、食べていける資格というのが今とても少なくなってきています。弁護士や会計士はかつて花形資格でしたが、最近は給与ベースで見ても確実に下がってきています。理系なら「手に職がつく」といいますが、最近の科学技術は細分化されています。ある時代に重宝された技術・専門性は、次の時代にも用いられるとは限りません。ある技術に熟達しているがゆえに、その技術が用いられなくなったとたんに、用済みになってしまうことがあります。大企業なら安泰だといっても、仕事人生が長引いているなか、就職から定年まで同じ企業にいられる人は、どれだけいるでしょうか。

確かに、それらはかつて正しかったし、社会の中で有効に機能していました。その方程式に従って社会的に成功し、生活の安定を手にしてきた人たちが今、人の親となっているわけですから、自分の成功体験に自信をもっている……ということはわかります。しかし、それをこれからも通じる一つの「定理」のように考えて、はたしてよいのだろうか? ましてや、それを子どもに押しつけたりしていたら、おいおいだいじょうぶか?ととても心配になります。

――……というのは?

企業など組織における人材育成の研究をしているからでしょうか、わたしはその仕事の10年後、20年後の姿の方に視線が向いてしまうのです。今日生まれる仕事があれば、今日消えていく仕事もある。その回転のスピードがとても速くなっているのが現代です。就職することを目標にしてしまったら、就職したとたん学びから降りてしまうことになり、結果として、現状にしがみつくことになる。そうなると生きていくのが「しんどく」なりますよね。

今現在だって、組織に自分の人生を預けることが難しくなっているのだから、子どもたちが社会人になるころはさらに厳しい状況になっていることは容易に想像できる。たとえ希望の会社に就職できたとしても、自分のスキルやキャリアのあり方を考え続け、努力を続けなければならないのです。そういう社会で生きていかなくてはならない子どもたちの将来を考えたら、親が、よい学校・よい就職が目標だとか、就職は人生のゴールだとか、○○に合格すれば人生安泰だなどというメッセージを決して発してはいけないと思います。まず、親の側が、自分の人生体験は大して役に立たないということを自覚し、覚悟を決めることが大切なのではないかと思います。

子どもたちは、解決困難な課題にあふれた社会で生きていく

――この先、子どもたちはどのような社会を生きていくことになるのでしょうか。

わたしの研究分野の専門用語に「CUN課題」という言葉があります。CUNとは「Complex,Unfamiliar and Non routine Task」の略で、直訳すると「複雑で慣れ親しんでいない、ルーティン化されていない課題」、わかりやすく言い換えると、「どこから手をつけてよいか、そのとっかかりさえ見えない課題」というところでしょうか。これからわたしたちの社会が向き合う問題というのは、ほとんどがCUN課題であり、この難しい課題に対峙することが求められます。子どもたちが生きていくことになる社会は、CUN課題にあふれた社会になります。

――確かに、労働力不足、経済格差、エネルギー、多文化共生など、課題はすでに山積みですね。そのような社会を生き抜いていくためには、どのような力が必要になってくるのでしょうか?

3つあります。1つは、粘り強い思考力です。有効な解決策があるのかないのか、それすらわからない問題に対峙するわけですから、まずあきらめないことが大切になります。この手の思考の忍耐力というのは、これまでどのくらい考えてきたかで決まってきます。わたしはよく課題を提出にきた学生に「”脳がちぎれるほど”考えた?」と問うようにしているのですが、今の子どもたちは、テストでも難しい問題になると無回答という場合が多く、かなり危機意識をもっています。
 
2つめは、協働する力。CUN課題のような問題は1人の力でなんとかできるものではありません。他者と協働して知恵を出し合うことになります。そのため、他者とぶつかり合う、せめぎ合う中で一つの課題を遂行していくという対人関係のスキルが必要になってきます。
 
3つめは、新しいものを生み出す経験です。わたしはよく「ゼロからイチをつくり出す力」と表現するのですが、実際そのような経験をした過程で得たものがすべて、CUN課題に取り組む際に役立ってくれます。

――3つとも、机の上での学びだけでは得られない力ですね。
  
そうですね、実際に経験をすることでしか獲得できないものばかりです。わたしたちは、反知性主義に陥ることなく、粘り強く思考したり、他者と協働したり、ゼロからイチを生み出す経験主義の学習をもっと前倒して子どもに経験させるべきだと思います。もちろん、座学がだめとはいいません。誤解を恐れずに言えば、今の教育はあまりにも知識偏重で、バランスが悪過ぎるのです。たしかに黒板を使って、知識を体系的に学ぶことも重要ですし、必要であることは承知していますが、時代の変化を考えると、たとえば100のうち10でも5でもいいから、3つの力を養えるような学び、経験学習を取り入れてほしいし、実際に取り入れるべきだと思います。

――家庭でできることはあるのでしょうか?
  
ありますよ。そんなに難しいことではありません。ただ、ちょっと忍耐がいるかもしれませんが(笑)。

プロフィール

中原  淳 (なかはら・じゅん)

1975年北海道旭川市生まれ。東京大学 大学総合教育研究センター准教授。東京大学大学院学際情報学府 (兼任)。東京大学教養学部学際情報科学科(兼任)。大阪大学博士(人間科学)。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等を経て、2006年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。『働く大人のための「学び」の教科書』(かんき出版)、『育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』(光文社新書・共著)など著書多数。2児の父でもある。

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