特集
「ここ一番」に強くなる(1)
2018.10.25
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スポーツの国際大会で「ここ一番」の力を発揮する日本人選手たちの活躍を目にすることが多くなりました。
それほどの大舞台ではないにしても、試験やスポーツの試合、習いごとの発表会など、「実力のすべてを出しきりたい!」という機会は子どもにも多いものです。
今回は、スポーツのメンタルトレーニングの手法から「ここ一番」の日に向けて、日ごろからできることを考えましょう。
練習だとうまくできるのに、いざというときには失敗してしまう。わかっているはずの問題なのに、テストでは頭が真っ白……。どれもありがちなことではありますが、がんばって練習をしてきたわが子には、できれば本番でも成功を収めてほしいものです。
積み重ねた練習の成果を、「ここ一番」でばっちり発揮するためには、ふだんからどのような準備をしておけばよいのでしょうか。スポーツ心理学・メンタルトレーニングの第一人者・高妻容一先生に、習いごとや学校行事、勉強にも応用できる心得やトレーニング方法を教えていただきました。
(取材・文=松田 慶子)
目次
- 平常心を保つ力が「ここ一番」での強さになる
- 「技」「体」だけでなく「心」もトレーニングできる
- 「心」のトレーニングに終わりなし。生活の中での習慣化が大切!
- 保護者の役目は、一緒に楽しむこと
- やる気を高める「目標設定」
- プラス思考を身につける「セルフトーク」
- プレッシャーをはねのける「セルフコントロール」
- 成功を想像する「イメージトレーニング」
- 今やるべきことに意識を向ける「集中力」
プラス思考の習慣づけが 本番での成功のカギ
平常心を保つ力が 「ここ一番」での強さになる
――そもそも、本番に強いというのはどういうことでしょうか。
ひとことでいうと、「ふだんどおりできる」ということです。「平常心を保つことができる」と言いかえてもいいでしょう。
よく「甲子園には魔物が棲(す)んでいる」といわれますね。魔物の正体は、観客やTVの取材だと。しかし、観客の前で「よっしゃ」と燃える選手もいれば、萎縮してしまう選手もいる。状況は同じですが、状況をどうとらえるかが違うのです。追いこまれた状態でも、積み重ねてきた練習のとおりにやるだけなら、怖がることはない。それなのに「絶対失敗できない」「もしできなかったらどうしよう」と、自分で自分にプレッシャーをかけてしまうから、平常心が保てなくなり、体や頭が動かなくなるのです。
反対に、練習のとき以上に力を発揮する子もいますね。それは自分が本来もっている力をフルに発揮できる状態に、心をもっていくことができたからです。
スポーツの世界では、この精神状態を「ゾーン」と呼んでいます。具体的には、ほどよい緊張感と興奮が保たれ、集中して少しワクワクしているような状態のこと。そういうときに、人間は最高のパフォーマンスを発揮しやすいのです。スポーツで点を入れた選手が「ボールが止まって見えた」という表現をすることがありますが、「ゾーン」に入った状態では、そういう認識ができるといわれています。
ところが興奮や緊張レベルが高すぎると、 「頭がカーッとして何が何だかわからない」という状況になってしまう。反対に低すぎても気分がのらなかったり萎縮したりと、実力を発揮できません。中庸、ほどほどのバランスがベストなのです。
本番に強いとは、平常心を保ち、心を「ゾーン」にもっていくようコントロールできるということ。ただ、実際に重大な試合やテストのようなタイミングで平常心を保つのは非常に困難でしょう。だからこそ、いざというときのために、メンタルのトレーニングをすることが大切なのです。
「技」「体」だけでなく 「心」もトレーニングできる
――勉強でもスポーツでも、日ごろはスキルアップを優先してしまい、心を鍛える重要性には目を向けにくいように思います。
そうですね。メンタル面をトレーニングするという発想自体、ごく最近まで日本にはありませんでした。1980年代から1990年代、アメリカで進んでいたメンタルトレーニングの手法を知って、日本人に合うようにアレンジし紹介したのですが、普及には非常に時間がかかりました。今でこそスポーツの世界では浸透が進み、メンタルトレーニングを積んだ教え子たちがオリンピック選手として活躍するまでになってきましたが、しかしほかの分野、たとえば音楽や芸術、勉強などには、まだまだ広まっていないように思います。
昔は、「気合だ」「根性を出せ」と選手を叱咤激励し、本番では「集中しろ」「落ち着け」と声をかける指導者や保護者が多くいました。しかし具体的に根性とはなにか、どうしたら集中できるのか、教えている人はほとんどいなかった。試合で失敗した子に、「練習でできていたのに、どうして本番でできないんだ!?」と、説教するシーンもよく見られましたが、そもそも「本番で実力を発揮する方法」「心のコントロール方法」を練習していなかったんですよね。心のことは本人任せのため、効果的なトレーニングを積めず、結果として緊張して失敗する人が多かったのだと思います。
「心・技・体」という言葉がありますが、 どの分野でも「技」と「体」を磨くことが中心になり、「心」を鍛えることはあまりなされていません。しかし本番で勝つには「心・技・体」三拍子そろっていることが大切。そして「技」「体」をコーチについて習得するように、「心」もきちんと指導すれば、しっかり鍛えることができますよ。
⇒次ページに続く プラス思考は「本番力」の土台。家庭内での雰囲気づくりを |
プロフィール
高妻 容一(こうづま・よういち)
東海大学体育学部教授。専門はスポーツ心理学。スポーツ選手の心理的スキルを向上させることによって競技力向上を図るメンタルトレーニングの普及活動をしている。1955年、宮崎県生まれ。福岡大学体育学部、中京大学体育研究科修了後、フロリダ州立大学へ留学。本場のメンタルトレーニングを学ぶ。帰国後、近畿大学教養部在任中に、メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会を設立。以来、現職に着任後も、メンタルトレーニングの普及と現場でのトレーニング指導に尽力する毎日。教え子にはオリンピック選手も多い。近著に『子どもの本番力を120%引き出す方法』(PHP)がある。