特集

小学生の外国語(英語)習得で何が大切か 
〜海外の事例からわかること~(1)

今年4月より全面実施となった新しい学習指導要領。その変更点の中でもとくに目立つのは、なんといっても外国語(英語)教育でしょう。5・6年生の英語は、通知表に成績のつく「教科」となり、授業時間は現在の年35コマ(週1時間)から50コマ(週2時間)に増加。授業内容には、「聞く」「話す」だけでなく、音声で十分に慣れ親しんだ簡単な語句や表現を「書く」ことまで含まれるようになるなど大幅な変更となりました。そこで今月は、『英語学習は早いほど良いのか』(岩波新書)という著書をお持ちのバトラー後藤裕子先生に、他国の例も交えつつ、小学生からの外国語教育についてお話しいただきました。

(取材・文 尾内通子)

目次

日本に先駆けて小学校での外国語教育を実施した中国・韓国の事例より

――日本の小学校では今年の4月からいよいよ5・6年生で英語が「教科」となりましたが、中国や韓国ではすでに小学校での英語教育が導入済みなのですよね。

中国では2001年から、韓国では1997年から小学校での英語教育がスタートしています。私は東アジアの英語教育を研究していますが、先行事例として日本が学ぶべき点は多いと思います。
実は、外国語習得において、「開始時期は早ければ早いほどよい」かというと、それが正しいとは必ずしも言えないんですよ。
たとえば、家族で海外生活をスタートしたときに、大人よりも子どものほうが外国語の習得が早いといった事例はよく聞きます。「早ければ早いほどよい」という考え方はそうした体験があって支持されているのかもしれません。確かに、それを示唆する研究もあり、第二言語の習得に関しては、何らかの年齢的な制約はあると考えてよさそうです。(※1)
しかし、第二言語として英語を学習するのと、日本人が日本にいながら外国語として英語を学習するのとでは、まったく条件が異なるのです。
前者の場合は、周囲がみな英語を話すのですから大量のインプットを得られます。日常的に英語を使う機会があり、しかも生活がかかっているので学習意欲も高い。ところが後者、つまり日本人が日本にいながら外国語を習得する場合には、インプットの量も英語を使用する機会もごく限られます。
第二言語習得と外国語習得は、一見近いもののように思われるかもしれませんが、実は、学習効果を左右する条件がまったく違うんですね。ですから、第二言語習得に関する研究で得られた知見を、そのまま外国語習得にあてはめることはできないのです。

※1 第二言語の習得とは移民の方のように移り住んだ国で、おもに使われている言語を大量のインプットとともに学び、マスターすることをいいます。

――なるほど、そこで中国や韓国のように、第二言語としてではなく「外国語」として英語を学んでいる国の教育システムが参考になるわけですね。では、中国の小学校ではどの程度英語を学習しているのでしょうか?

まず、中国ですが、国の政策としては小学3年生から英語教育をスタートさせることになっています。しかし、最終的な学習の進め方の決定権が地域ごとに与えられているため、上海・北京・広州などの大都市では小学1年生から英語の授業を実施しているところもあります。たとえば上海では、1年生から週5時間程度、毎日英語の授業があります。子どもたちの英語のインプットはかなりの量であることがわかるかと思います。その結果、英語を「聞く」「話す」力は相当高く、もちろん単純な比較はできませんが、もしかするとタスクによっては、平均的な日本の大学生よりパフォーマンスが高いなんてこともあるかもしれません。一方、山間部や農村部では、さまざまな事情から3年生になっても外国語教育が手つかずになっている地域もあり、地域間の格差がとても大きいのが現状です。経済的に裕福な家庭は塾やオンライン学習にお金をかけるので、ますます格差が開いてしまうんですね。

――中国では実際どのような授業が行われているのでしょうか?

ゴールの設定としては、CEFRのA1からA2レベル(※2)を目標とすることにはなっていますが、それに沿ったカリキュラムが整っているというわけではなく、授業内容も地域ごとにさまざまです。私が上海で見学した授業では、日本の某アニメ番組の英語吹替版を教材として使用していました。日本語のセリフがそのまま英語に翻訳されており、英語のレベルは結構複雑で難しいものでしたが、映像もあるし、キャラクターのプロフィールや人間関係などもわかっているので、子どもたちはとても楽しそうに見ていました。
アニメを見たあとは、先生と子どもたちとのやりとりです。「これはどんな場面だったのかな?」「主人公はなぜこんなことをしたのかな?」と今見たアニメについて話し合うのですが、このやりとりのなかで子どもたちは聞き取った英単語や言い回しを復習し、リピートすることで定着させていきます。子どもたちが積極的に英語でコミュニケーションをとれるよう、上手に指導している例と言えます。
もちろん、うまくいっていることばかりではありません。試験での評価の仕方などは旧態依然としています。むしろ子どもたちのほうが、ケンブリッジ英語検定やTOEFLの子ども版試験など国際的な検定試験をふだんから受けたりしていて、先進的な評価方法を経験していますね。
このように、中国の場合は経済的に裕福な家庭の英語早期教育熱が高く、将来子どもを国外に留学・就職させたいという考えもとても強いので、単純に学校教育としての成果がなかなか測りにくいという実情があります。

※2 CEFR(セファール)とは
CEFR(Common European Framework of Reference for Languages/ ヨーロッパ言語共通参照枠)とは、「その言語を使って何ができるか」、つまり言語能力の熟達度を測る国際的な尺度です。例えば、「私は英語はCEFR B1、フランス語はA2、ドイツ語はA1 です。」などといったように使用され、国境を越えた就職など人々の流動性が高く、第3外国語で仕事をすることも珍しくないヨーロッパでは日常的に使われています。日本で2020年度から施行されることとなった新学習指導要領においても、英語の4技能それぞれについて、Can-do つまり「●●することができる」という到達目標が設定されています。この到達目標の基準となっているのが、CEFR です。
新学習指導要領では、一昔前の中学生が学んでいたこと(CEFR A1レベル程度)を小学校高学年で学ぶことになるため、高校卒業時点での到達レベルも高まると考えられています。
 

――では、韓国の英語教育はどのように行われているのでしょうか。 

韓国では、1997年に正式に全国の学校で、小学3年生から英語の必修化を開始しました。しかし保護者からの早期英語教育を求める声が非常に強かったため、3年生から6年生まで英語の必修化が完了した段階で、1年生から外国語教育を開始するのと、授業時間数を増やしたうえで従来通り3年生から学習を開始するのとどちらが学習効果が高いか(=どちらが早く目標レベルに到達できるか)、大規模な比較実証実験を実施したのです。
その結果、3年生開始の方が学習効果が高いことがわかり、1年生からではなく、3年生スタートの現在のスタイルに落ち着いているという経緯があります。
現在の授業時間数は中国よりは少なく、3・4年生が週2時間程度、5・6年生は週3時間程度です。授業内容は、3年生の前半は「聞く」「話す」が中心で、3年生の後半から「書く」学習が入ります。
ただ、韓国も中国と同様に英語の塾やオンライン授業などが盛んなので、経済的な格差が学力格差につながっているのは同じです。

 ――そのように教育熱心な国民性の中で、英語教育が1年生ではなく3年生スタートになったのは意外ですね。 

そうですね。日本でも「外国語教育のスタートは早ければ早いほどよい」と考える保護者の方は多いと思いますが、韓国の実証実験は非常に示唆に富むものだと思っています。
最初に述べたように、日常生活のなかで大量に英語のインプットを受けられる第二言語習得と、大量のインプットが期待できない外国語環境とでは、状況が違いますので、日本にいながら英語を学習する場合は、年齢が小さいほうが有利だとはいいきれないのです。

――1年生、あるいは幼児期から英語を学習すると、何か悪影響はあるのでしょうか。

「学習」として英語に触れさせるのはやめたほうがよいですね。年齢が小さいうちは、音に対する感覚が鋭敏なので、聞き取りや発音の力を伸ばしやすいという特性があります。ですから、この時期にたくさんの英語を聞くこと・まねして声に出すことを楽しみ、英語に対して興味や意欲をふくらませていくことはとても大切なことです。
ですが、「勉強として」英語を始めるのは、ある程度母国語の基礎が固まり、外国語の文字や文法に対して興味を持ち始めてから始めるほうが効率も良いですし、効果も高い。あまりにも早い時期から単語の暗記や文法学習など、正確さを求めるような学習をしてしまうと「英語は難しい」「間違ってはいけないものだ」という先入観を持ってしまう恐れがあり、大きくなって本格的な学習を始めたときに思うような成果が上げられなくなる可能性があります。外国語の習得にはゴールがなく、ずっと続いていくものですから、焦って先取りさせようとしてはだめ。成長段階に合った意欲を持ち続けられることが一番大切です

小学生には英語に興味が持てるようなインプットを

――小学生保護者の世代は、中学・高校と英語を学習しても英語のスキルが身につかなかったという苦い経験をもつ人が多いと思うのですが、日本人がなかなか英語を習得できないのは、日本語と英語の文法の違いによるところが大きいと思ってよいのでしょうか。

英語に近い言葉を母語として話す人のほうが、英語習得のスピードが速いのは当然です。「文法が違うから」というよりは、「言語タイプが異なる」ことが習得しやすさに影響を与えていると言ったほうが正確ですね。

言語タイプというのはその国のことばのルーツのようなもので、英語と同じタイプの言語を母語とする人は、母語の情報を活用して意味を類推したりできるので、英語の学習効率が当然高くなるわけです。

ただ、子どもの場合、日本語と英語における言語タイプの違いを気にすることはないと思います。とくに年齢の小さいうちは英語を聞くときに文法など気にしませんし、「複数だからsをつけないといけないよ」などと指摘しなくて大丈夫。それよりも、とにかく耳からのインプットをたくさん与えることが大事です。

――聞かせる英語のレベルは、どんなものがよいのでしょうか。

レベルの高さよりも、内容に興味をもてるかどうかのほうが重要です。

私は、英語版の『浦島太郎』を子どもたちの授業として使ったことがあります。先に、「みんなが知っている昔話だよ」とヒントを与えてから聞いてもらいました。子どもたちはいろいろと想像をめぐらしながら聞き始めて、そのうち一人の子がウミガメを表す英単語「turtle」を聞き取ったんですね。すると、そこからみんなで推理して「もしかして『浦島太郎』?」とあたりをつけ、『浦島太郎』のストーリーを手掛かりに英語を聞き出し、意味を推測していき、お話が終わるころにはすっかり「わかった気分」を味わっていました。ほかにも、日本人のメジャーリーガーが海外で活躍しているという20分くらいのニュース番組を英語で聞かせてみたら、子どもたちが真剣に聞いて、何を言っているか想像し始めたということもあります。

子どもというのはおもしろいもので、「わからないこと」に対する耐性が高く好奇心も旺盛なので、「わからないこと」も楽しむことができます。お話の内容がおもしろそうだと思えば、知っている単語を一つでも聞き取って、想像しながら英語を聞き続けることができるのです。年齢が上がってくると「わからないこと」に対して苦手意識を持ってしまう場合もありますので、子どもが「わからないこと」に対しても興味を持てるうちに、たくさんのインプットができるといいですね。そうした経験が、英語は好き・楽しいという思いにつながっていきます。

――「発音」の習得について、小学生のうちに意識すべきことはあるでしょうか。

耳で聞いたことをまねることが重要なので、やはりインプットが重要で、耳の感覚が優れている小学生の時期に力を入れておきたい分野です。ただし、小学生に聞かせる英語はネイティヴスピーカーの英語でなくてもかまいせん。保護者のみならず英語教育を担当する先生からも、たびたび「ネイティヴスピーカーの発音ではなく、日本語なまりのある発音でも大丈夫でしょうか?」と尋ねられるのですが、週1-2時間程度の外国語インプットであれば、リスニング能力への影響はありません。

⇒次ページに続く わからなくて当たり前。外国語(英語)との向き合い方

プロフィール

バトラー後藤裕子(ばとらー・ごとう・ゆうこ)

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、スタンフォード大学Ph.D.(教育心理学)。現在、ペンシルバニア大学教育学大学院言語教育学部教授。専攻は、子どもの第二言語・外国語習得および言語教育、バイリンガル習得、言語アセスメント。著書は『英語学習は早いほど良いのか』(岩波新書)、『日本の小学校英語を考える』(三省堂)、『学習言語とは何か―教科学習に必要な言語能力』(三省堂)など。

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