特集

AI時代に必要となる力とは
―期待が寄せられる「STEAM教育」(1)

科学技術がますます進歩し、AI が日常生活のなかに浸透・普及していくなか、これからの時代を担う子どもたちに求められる力は、確実に変わっていくと考えられます。そこで今月の特集では、AI 時代において必要とされる教育、求められる力とはどのようなものなのか、AI が実用化された航空管制の研究者であり、科学技術と社会のあり方に造詣の深い伊藤恵理先生にお話を伺いました。

(取材・文 尾内 通子)

目次

社会変化により訪れた AI 時代

――AI をめぐっては「AI に仕事を奪われる」という悲観的な見方もされる一方、AI 技術が日常生活に入り込み、共存しているという現実もあります。このような現状をどのように捉えていらっしゃいますか?

AI技術を違和感なく生活のなかに取り入れている現状は、もちろんセキュリティなどの課題は残っていますが、好ましい状況だと考えています。AI 時代が到来した背景として、わたしたちが日常生活で取り扱うデータ量がとても多くなったことが挙げられます。そのデータを効率良く扱うため、大量のデータを統計的に処理できる人工知能(AI)が脚光をあびるようになりました。たとえば、AI を活用することで、インターネットで集めた大量のデータから特徴を取り出して時代の潮流を読み解いたり、画像認識が得意な AI を搭載したロボットを災害の現場に送り出したり、これまでにできなかったことが可能になります。

現在の小学生が社会人になるころ、日本は、人口減少や高齢化社会だけでなく、中国や東南アジア諸国の急成長といった地政学的な変動、さらに多くのモノや人がインターネット経由で結びつくデジタル変革といった激動期を迎えることになります。これまでの価値観では予測ができない未来を生きる子どもたちは、新しいタイプの社会課題に取り組まないといけません。それらは、日本だけでなく、世界規模で取り組まなければならない社会課題も含みます。国連が採択した「SDGs(持続可能な開発目標)」には、気候変動への具体策の提案や、産業と技術革新の基盤創生など、国際社会共通の目標がまとめられました。そうした課題を解決するために、新しい科学技術をどのようにいかしていくかということを考えなければなりません。

 

――伊藤先生は航空管制を研究されていますが、AI 技術のすごさや影響力の大きさをどのようなところで感じますか?

人間の知的作業をコンピュータが代替するオートメーションという、広い意味での AI にあたる例ですが、飛行機の世界では自動操縦が実用化しています。自動操縦は長距離飛行を可能にし、航空輸送は世界のあり方を大きく変えました。人間だけでは不可能だったことが機械と協調することによって、イノベーションにつながる価値を創造できるようになったと、ポジティブに考えています。

期待が寄せられている「STEAM 教育」

ーー社会課題の解決のためには AI をはじめとする技術の活用が欠かせないということですが、そのために教育ではどのような視点が必要になるのでしょうか?

まず考えなくてはならないことは、AI 技術が実際にわたしたちの社会の問題解決に結びつくようにしなければならないということです。技術だけが進化しても、それがイノベーションや新しい価値の創造につながらない場合もあります。社会全体の発展を考えたとき、科学技術と社会のニーズを結びつける、つまり、両者に「橋をかける」ことが必要不可欠になります。両者を的確に結びつけるためには、「科学技術に関する理系の知識・教養」と「社会の仕組みに対する文系の知識・教養」の両方が必要です。これからの教育ではぐくむべき力とは、このような文系と理系のどちらにも通ずる力なのではないかと思います。

そこで、期待が寄せられているのが「STEAM 教育」です。

 

――「STEAM 教育」とはどのようなものか、具体的に教えていただけますか? 

「STEAM 教育」とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)の5つの学問分野の頭文字をつなげたもので、複合的な知識をもとに自ら社会を俯瞰して課題を見つけ出し、それを解決していく能力の育成を目ざした教育のことです。5つの要素のなかに芸術(Art)があることに疑問を感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、芸術といっても美術や音楽という狭義の芸術ではなく、「自然世界に存在しないが、人間が社会のなかで生きていくために作り出したあらゆるもの」、哲学、法学、歴史学などの文系分野の学問・教養を指していると考えてください。

では、なぜ専門的ないわゆる理系の知識だけでは十分ではないのかというと、先ほど申し上げたように「激動期を迎えた国際社会のなかで生きていかなくてはならない」ということがあります。課題が複雑化するなか、今後はチームでのコミュニケーションや協調がより重要になってくるでしょう。そのような社会では、人と競い合う競争力をもたせることに重きを置くというよりは、自分と違う個性や力をもっている人とわかりあい、協力しながら、多様性のあるチームのなかでリーダーシップを発揮できることが大切となります。その際に不可欠となるのが教養であると考えています。わたし自身も経験がありますが、とくに国際社会においては基礎的な教養がなければ、チームのなかで信頼を得て、円滑なコミュニケーションを行うことは難しくなります。今後は、高い専門性をもち、かつ幅広い教養をもった人材が求められますので、文理が融合する「STEAM 教育」に期待が寄せられます。

 

――これからは文系・理系の壁を超えて、能力をバランスよく伸ばしていった方がよいのでしょうか? 

多少の凸凹があるのは気にされなくてよいと思います。チームで補い合えばいいのですから。それぞれの得意な分野を伸ばしていくとともに、他者を尊重し、協力しあうことができる人材になれるように、素養を大事に磨いていかれたらいいなと思います。

 

――伊藤さんは海外でも活躍されていますが、「こうした力をもっと伸ばしておけばよかった」と思われることはありますか?

英語の能力をもっと身につけておけばよかったというのはもちろんなのですが、海外に出て感じたのは自分の意見を伝える力、議論する力が非常に弱いということでした。相手と意見交換をしながら、新しいものを一緒に作り上げる際にはその点で苦労しました。

 

――そのようなときに教養の大切さも痛感されたのでしょうか

そうですね。教養があるとは、いろいろな背景をもつ人と対話ができる引き出しがあるということです。わたしが当時関わったチームのなかには、国籍が違えば宗教も異なるいろいろな文化的背景をもった人たちがいました。そういう人たちとコミュニケーションをとるには、相手の文化的背景への理解があることはもちろん、問われていることに関する幅広い知識、それについての自分なりの意見、つまり教養がないとならないわけです。

たとえば、「日本はどういう国ですか?」と聞かれたら、それは「日本という国をどう見ているのか?」ということであって、問われているのはまさに自分自身の考えです。社会に対して興味をもち、日常の一つひとつの物事に対して自分なりの考えをもつ習慣が必要なのです。

⇒次ページに続く 「家庭で意識していきたいこととは?」

プロフィール

伊藤 恵理(いとう・えり)

東京大学大学院工学系研究科准教授。「空はひとつ」をモットーに、世界の空を駆けながら、航空管制および航空交通管理の研究に従事する科学者・エンジニア。東京大学大学院博士課程修了(航空宇宙工学専攻)。ユーロコントロール実験研究所(フランス)、オランダ航空宇宙研究所、NASA エイムズ研究所、海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所、南洋理工大学などでの研究職を経て、現職に至る。国際航空科学会議(ICAS)より McCarthyAward、John J.Green Award 受賞。著書に『空の旅を科学する 人工知能が拓く!?21 世紀の航空管制』(河出書房新社)、『みんなでつくる AI 時代 これからの教養としてのSTEAM』(CCC メディアハウス)がある。アカデミアや企業等での講演も多数行っている。

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