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子どもを伸ばす住まいづくり ~住み方を考えることは、子どもの育ちを考えること~(1)

「子ども部屋っていつごろ用意する?」「お姉ちゃんと弟、まだ同室でいいのかな」「せっかく買った学習机が物置代わりになっている!」
子どもをとりまく「住」の悩みは、何かと話題にのぼりやすいものです。しかし住環境の影響はすぐには目に見えないし、簡単には引っ越しや改築ができないから、手探り状態でその場をしのいでいるという家庭が多いのではないでしょうか。
そこで、子どもの成長と住まいの関係に詳しい渡邊朗子先生に、住まいの大切さ、望ましい住環境や、すぐにでもできる、子どもの心身を伸ばす環境づくりのコツを聞きました。
(取材・文 松田慶子)

目次

住環境が住む人の行動や思考を誘導する

ーーそもそも子どもにとって住まいとはどんなところなのでしょうか。

子どもにとってだけでなく、大人にとっても、住環境は非常に大きな影響を及ぼすものです。人間をとりまく環境には、さまざまな要素があります。暑さ寒さなどの自然環境、インターネットやテレビなどの情報環境、社会環境。机や棚、建物などの人工物も人をとりまく環境の一つです。住居は、これらに対するフィルターです。つまり人間は住空間を通して外の環境と接しているわけです。

そしてその住環境、つまり家のしつらえとか外界との接し方、取り入れ方などは、気づかないうちにそこに住む人の感性や思考、行動を誘導しているのです。たとえば、窓から見晴らしのいい景色が望めたら、開放的な気分になるし、隣の家の壁しか見えなければ、閉鎖的な気分になるものですね。同様に、話しやすい空間があるから家族で会話が弾むし、テーブルがあるから家に人を招こうという発想になる。人を招くためにテーブルを置く、ということもありますが、テーブルを置くことで人を招くようにもなります。これらを相互作用性といいます。住環境のしつらえが行動とか考え方を方向づけているという面もあるのです。

ーーなるほど。広々と遊べるスペースがあると、子どもは思いっきり走り回って遊ぶし、なければそれなりにおもちゃで遊ぶ、というのもその例ですね。

そして子どもはその住環境のなか、気づかないうちに誘導されながら育ちます。場合によっては、大人より長い時間を過ごすことになるかもしれない。住環境が子どもの心や体、感性の成長に多大な影響を及ぼすことがおわかりになると思います。

現代の家は子育てしにくい!?

ーー子どもに及ぼす影響として、現代の日本の住宅に共通する特徴はありますか?

以前より、住む人への影響などソフトな部分が重視されるようになっています。しかし、現代の日本の住宅は、昔の日本の家屋と比べて、子育てしやすいとは言いがたいとわたしは思っています。なぜかというと、家族間のコミュニケーションがとりにくい構造だからです。現代の家屋は、3LDKとか4LDKというように、ダイニングキッチンといくつかの個室で成り立っています。でも高度経済成長期に入るまで、大半の日本の家屋には今のような個室がなく、一つの部屋が食事の場になったり勉強部屋になったり、ふすまや障子などで簡単に間仕切られて寝室になったりしていたわけです。

そんななかで家族は、五感をつかって互いの気配を感じとっていました。「子どもがまだ起きているようだ」「おじいちゃんは体調がいいみたい」など、ふすま越しの気配から察していた。そして「静かにしてあげよう」などさりげなく気づかいをする、言葉を介さないコミュニケーションが成立していたのです。それに対し、壁と厚いドアで小分けされた現代の住宅では、気配で察することが難しい。

ーー確かに、意図的にしなければコミュニケーションがとりにくい場合もあります。

互いの気配を察しながらさりげなく気づかうというのが、日本人が長く受け継いできた生活文化です。ところが戦後、急速に個室化が進んだ結果、今までのような関係性がはぐくみにくくなったーー。その矛盾が子育てにも影響すると考えられないでしょうか。

ーーさりげなく見守ることも、子どもの変化を表情から読み取ることもしづらくなっているのですね。

子どもは家の中の旅人。探索しながら感性をはぐくむ

ーーでは具体的に、子どもにとって、どのような住宅が望ましいのでしょうか。

いくつかポイントがあると思いますが、一つは、先にふれた、家族の気配を感じられること。また、それと関連して、子どもが自室だけでなくいろいろな場所をのぞき、探索できる回遊性。そして探索したときに、さまざまな分野の知識や価値観にアクセスできること。家族の気配については、しぐさや物音を介して家族の様子を知りコミュニケーションを図るなかで、五感や相手を思いやる感性がはぐくまれやすいと考えられます。また、家族の気配が常に感じられつつも、余計な干渉をされない空間は。子どもに「なんとなくつながっている」という安心感を与え、好きなことに集中できる雰囲気をつくります。

ーーでは回遊性とは? 聞きなれない言葉ですが……。

自由に家の中を歩き回れること。わたしはいつも、子どもは住宅という空間を旅するノマド(遊牧民)のような存在だと話しています。先ほど、住環境が子どもの感性や思考を誘導すると話しました。その住環境というのは、大人が思っている以上に広いのです。大人の目が届かないような机の下や押し入れの中にも子どもは入り込み、刺激を受け、好奇心や感性を磨いていくのだと思います。「ここは入っちゃダメ」「遊ぶときは自分の部屋で」など制限を設けることは、子どもの感性をはぐくむ機会を減らしてしまうのではないでしょうか。

⇒次ページに続く 「風通しをよくすると子どもは大きく伸びる」

プロフィール

渡邊 朗子(わたなべ・あきこ)

東洋大学情報連携学部教授。株式会社市川レジデンス取締役を兼任。博士(学術)。
日本女子大学家政学部住居学科卒業後、1993年、コロンビア大学大学院建築都市計画学科修了、99年、日本女子大学大学院人間生活学研究科博士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部助手、豪シドニー大学客員講師などを経て現職。子どもの成長における住空間の重要性にいち早く着目し、住まいづくりに新たな視点を提唱した一人。現在は子どもの意欲や集中力を促す環境づくりについて研究を広げている。『頭のよい子が育つ家』(四十万靖と共著 日経BP社)他、著書多数。

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