ブックトーク

『くんちゃんのはじめてのがっこう』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

学校ってどんなところ?『くんちゃんのはじめてのがっこう』

ドロシー・マリノ 作・絵/間崎 ルリ子 訳/ペンギン社

「私、くんちゃんの本が好き。だってくんちゃんの家族って優しいから!」かつて一緒に教室で絵本を楽しんだ女の子はこう言いました。こぐまのくんちゃんを主人公としたシリーズは全部で7冊ありますが、そのどの作品でも、両親の大らかな愛情がくんちゃんを温かく包んでいます。こんなふうに言うと、大人の情緒が加えられたセンチメンタルな絵本を想像してしまうでしょうか? いいえ、くんちゃんのシリーズは、そんな――子どもの心理はわかっていると言わんばかりの――したり顔の大人が透けて見えるような作品ではありません。主人公の行動が淡々と書いてあるだけのテキストには、幼い人たちが望む安心感と自由がちゃんと語られています。主人公の両親をはじめとする周囲の大人たちは、大事なことだけ教えたあとは、一歩引いて子どもを見守る鷹揚(おうよう)さを持ち、その信頼を背にしているくんちゃんの行動はのびやかです。

さて、そんなくんちゃんが初登校の日を迎えました。お話は、くんちゃんがベッドから飛び起き、通学かばんを用意している両親のもとへ駆け寄る場面から始まります。くんちゃんは、こみあげてくるうれしさを隠せません。お母さんと一緒に初めて学校へ向かう道すがら、ふと出会った(目についた)すべての虫や動物たちに話しかけます。「ぼく がっこうへ いくんだよ。きみも がっこうへ いく?」。くんちゃんの晴れがましい気持ちがたっぷり詰め込まれた場面です。ところが、いざ学校へ到着してみると、

 

 くんちゃんは おかあさんにも いっしょに
いてほしいと おもいました。

 けれども せんせいは くんちゃんだけを つれて、
きょうしつに はいりました。
そして、スージーと
ハリエットの うしろのせきに すわらせました。
おかあさんは かえっていってしまいました。

 

くんちゃんの誇らかだった気持ちは、瞬く間に心細くしぼんでしまったようです。学校の前でお母さんのスカートの裾をひっぱるくんちゃんは、やがて先生に手をひかれて教室に入ります。けれども、その上半身はひねるように、帰っていくお母さんの方に向けられているのです。簡潔なテキストに対して、黒色のふっくらとした線画が、繊細な心の内を見事に描き出します。その表現が、ちっともおおげさじゃないのも知的です。

くんちゃんのシリーズを読んで思うのは、子どもたちには、いつだって、頼もしい大人と、ともに安心して悩める環境が必要なのだというあたりまえの事実なのでした。まるで幼子をなでて慈(いつく)しむためにそうあるかのように、手首からやわらかく下向きに折れた、くんちゃんのお父さんとお母さんの手。今回のお話では、その危なげない導きで、くんちゃんの自信を回復させた、誠実な先生の存在も印象的です。

 

これ、がっこうへ もっていって せんせいに あげるんだ

 

両腕いっぱいに抱えたひまわりの中で笑うくんちゃんは(アメリカの学校は9月始まりです)、その全身で、先生への好意を表現しています。これほど率直に気持ちを伝えられる幸せ――そして、伝えられる側の幸せも、もちろん想像できるでしょう。冒頭で紹介した「くんちゃんの家族ってやさしいから!」という女の子の言葉のように、幼い人たちの成長に欠かせない周囲の理解と包容が、「くんちゃん」のお話には繰り返し語られているのです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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