ブックトーク

『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

大切な相棒 『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』

バージニア・リー・バートン 作/いしい ももこ 訳/童話館出版/1,500円(本体価格)

「どんなに古くなっても、マイクはぜーったいにスチーム・ショベルを捨てないぞ、ってさいしょから決めていたんだよね」「(だから)やくにたてるんだよっていうことをみんなに教えたんでしょう」。いっしょにこの本を読んだ小学校低学年の子どもたちがふともらした感想です。これを聞いて私は、そうか、このお話は信念の物語でもあったのだな、と改めて感じたのでした。新式の機械に仕事の場を奪われざるを得なかった主人公たちの姿を通して、合理化一辺倒に突き進む社会の在り方を、この作者ならではの誠実な筆致で描いたお話。これまでそのように認識してきたし、バートン女史の他の作品にも通底する文明批評が確かに感じられる一冊なのは違いありません。「さいしょから決めていた」という幼い人の言葉に私がはっとさせられたのは、しかし、社会がどう変わっても、どんな最新式の道具が現れても、自分たちを必要とする場所は必ずあるはず、なぜなら、有能且つ篤実な仕事ぶりに万全な自信があるから、という主人公たちのゆるぎない自己肯定の力が、心にすっと突き立つように感じられたからです。

ゼラニウムにも似た鮮やかな赤い表紙――を切り破ってこちらへ飛びださんばかりのスチーム・ショベル。笑顔のマイク・マリガンは、精勤な若者らしい太い右腕を挙げて挨拶しています。表紙裏でスチーム・ショベルのしくみをわかりやすく図解説明したら、いよいよお話が始まります。余白の使い方、色彩の映え、作者の研ぎ澄まされた美意識が絵本の隅々まで行き届いているのを、すぐさま感取できるはずです。拡がる田園は、うねるような緑の丘陵と建ち並んだクラシカルな家々がライトカラーで端整に描かれます。人間の姿は小さいけれど、詳細に描き分けられた服装と、見るものを想定したアクションの大きさで、それぞれの個性を引き立て合います。映画や舞台のごとく、どこに観客(=読者)の視点を集めたら画面を美しく調和できるかがひとしく考え抜かれているのでしょう。スチーム・ショベルが地下室を掘りあげていく場面は、もくもくと激しく立ち昇る蒸気と撒き散らされる霧のような砂の粒が、気炎を上げて仕事に邁進するショベルのアグレッシブな心意気を読者にはっきりと伝えて圧巻です。

冒頭で、これが信念の物語であると記しましたが、作者は、真摯に働くものたちを惜しみなく賞賛し、それぞれの生き方から萌芽する自信の念ほど其の人を支える強い味方は無いのだと訴えかけます。幼い読者にこそまっすぐ届く衒てらわない率直な声で。やはり、読書とは体験に他なりません。物語を読むとは、これまでの自身の経験と照らし合わせながら書かれている内容をそしゃくし解釈すること。社会通念によって凝り固まっていない幼い人たちの健やかな楽観性と自己肯定感が、物語の本質に彼らを引き寄せるのです。

優れた子どもの本では、自分の人生を獲得する幸福が、様々に舞台を変えながら語られます。スチーム・ショベルとマイク・マリガンも、発展する社会に抗わず、別の論理で自らの有用性を証明してみせました。普遍的な強さとともに変化する力をも備えて時代を前向きに生きる主人公たち。バートン女史の他の作品と同様、滋養に富んだ一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

「国語専科教室」講師。子どもたちの作文、読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

関連リンク

おすすめ記事

『イギリスとアイルランドの昔話』『イギリスとアイルランドの昔話』

ブックトーク

『イギリスとアイルランドの昔話』

『町にきたヘラジカ』『町にきたヘラジカ』

ブックトーク

『町にきたヘラジカ』

『名馬キャリコ』『名馬キャリコ』

ブックトーク

『名馬キャリコ』


Back to TOP

Back to
TOP