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『チャペックのこいぬとこねこは愉快な仲間』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

とにかく楽しい本 『チャペックのこいぬとこねこは愉快な仲間』

ヨゼフ・チャペック著/いぬいとみこ・井出弘子 訳/河出書房出版/480円(本体価格)

技巧的に凝るとか、屈折するといった現代の風潮とは無縁のおおらかさ。それがこの本のいちばんの魅力です。主人公の「こいぬとこねこ」は、おもしろいと思えることにはいつだって一直線。ですから、もちろん失敗は避けられません。しかし、それにへこたれず、何やかやと知恵をしぼって、騒動を治めてしまう二匹なのです(とても成功とは思えないときもありますけど……)。ちょうどクリストファー・ロビンが「クマのプーさん」を指して「ばっかなくまのやつ!」と愛情をこめてつぶやくように、二匹のあまりに独善的な論理に時おり苦笑しつつも、コミカルで温かみのある語りにひきこまれ、いつしか幸せな気持ちで読み終えていました。

作者ヨゼフ・チャペックは、19世紀にボヘミア東部で生まれました。日本では『長い長いお医者さんの話』や『園芸家の一年』の作者、弟カレルのほうがよく知られているかもしれませんが、兄ヨゼフも、作家兼画家としてチェコを代表する著名の士です。前述の二作品を含め、カレルの文章にヨゼフが挿絵をかいた本も多いので、題名を聞けば、お話よりも真っ先にあの・・のびやかで愛嬌あいきょうのある線画が思い浮かびます。もはや、作品として彼の挿絵は不可欠。とくに、この『チャペックのこいぬとこねこは愉快な仲間』は、文と絵どちらもヨゼフの手に成る一冊ですから、まさに語りと絵が一つになって、わたしたちを楽しませてくれます。その意味でも、とても残念なのは、以前のカラー版ハードカバーが品切れとなってしまったことです。色づかいは、さながらボヘミアン調の民族衣装に施された刺繍ししゅうのようで、派手さはなくとも落ち着いた明るさがあり、シックな黒い線のみでかかれたページとの対照の妙も感じられました。ぜひ図書館等でご覧になってみてください。

お話は全部で10。最初のお話では、家の掃除をしようと思い立った二匹が、かわるがわる床をこするブラシになったりタオルになったりのてんやわんや。最後には互いの身体を洗濯しあって、お日さまの下で仲よくひもにぶらさがります(「こいぬとこねこが床を洗ったら」)。旧チェコスロバキアの独立記念日「十月二十八日のお祝い」は、人間たちのように家に旗を立てて楽しみたい二匹が、何とかして一本でも多くの旗を手に入れようと奮闘するお話。また、チャペック自身が登場するユニークな一編もあります。そのどれもが素朴な喜びに満ちていて、自由を謳歌おうかする二匹は生き生きと天真爛漫らんまんです。それだけに、巻末で紹介された作者の生涯についての記述には胸をつかれる思いでした。第二次世界大戦がヨーロッパで終結する数日前、旧ドイツ軍の収容所でその生涯を閉じたヨゼフ・チャぺックは、衛生環境が最悪だった収容所内でも、作品を作り続けていたといいます。40代半ばで命を落とさねばならなかった一人の芸術家の足跡とともにたどってみれば、改めてその悲惨さ、愚かな所業=戦争、に憤りと深い心痛を覚えずにはいられません。

ヨーロッパ各地に残る戦争の傷跡。そのなかで、チェコには運よく戦禍を免れた都市も多く、地方には中世の町並みを残すおとぎ話の舞台のような町も点在しています。けれんみのないおっとりとしたストーリーは、同じくチェコ出身の作家ヨセフ・ラダ(『きつねものがたり』『黒ねこミケシュのぼうけん』)にも共通していますが、こうした物語をとおしてみると、遠い彼の地にも親近感がわくというものです。年齢を問わず、たくさんの人たちに愛される一冊。きっと作者自身も、前向きな楽観性を携えた魅力的な人物であったに違いないと想像するわたしです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

「国語専科教室」講師。子どもたちの作文、読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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