あなたのまわりのサイエンス

生きものの“スグレ技”をものづくりにいかす

人が便利なものを追い求めたところ、たどり着いたのは“生きもの”たちでした。生物の“スグレ技”を、人は次々とまねしています。

「くっつく」も「軽くて強い」もまねしよう

 わたしたち人間という生きものの体の特徴にはどのようなものがあるでしょう。器用に指先を動かせたり、二足で歩いたりといったことは、ほかの生きものにあまりない特徴といえます。でも、人がほかの生きものより優れている体の特徴をたくさんもっているわけではありません。人は鳥のように飛ぶこともできませんし、魚のように水に潜り続けることもできません。
 その代わりに、人はほかの生きものがもっている優れたところを、まねしてものにつくりあげる技術をもっています。「鳥のように飛びたい」という願いから人は飛行機を発明し、「魚のように潜りたい」という願いから潜水艇を発明しました。
 さまざまなものづくりの場面では、「人にはない、生きものの優れたところをまねする技術」が次々と生み出されています。いくつか紹介しますと……。

垂直のガラスにくっつくヤモリ まねをして「ヤモリテープ」を開発

2000年にケラー・オータムという生体力学という分野の研究者が、くっつくしくみを解明した。

 ヤモリという爬虫類を見たことはありますか。右の写真のように、垂直のガラスにペタっとくっつきます。人はとてもまねすることができませんね。
 ヤモリの足の裏を顕微鏡でよく見ると、その表面には無数の繊維が生えていて、さらに1本1本の繊維の先が、くいっと曲がった形をしています。もし、この繊維がわたしたちの目で見える大きさなら、ヤモリが垂直のガラスにペタっとくっつくこともありません。しかし、実際の繊維は長さ0.05mmほど。これほど小さいと、ヤモリの繊維とガラスの表面の間に「ファンデルワールス力」という“引力”がはたらきます。これでヤモリは垂直のガラスにくっつくことができるのです。

 ヤモリの足裏のような接着剤をつくれたら……。そう考えた企業の研究開発者たちが、ヤモリがくっつくしくみが解明された2000年ごろから、“ヤモリの足裏づくり”に挑んできました。しかし、とうてい本家のヤモリがもつ能力には及びませんでした。
 そうした中、日本の日東電工という材料メーカーの研究開発者が、“ほぼヤモリの足裏”といえる接着力をもったテープを開発したのです。成功の秘密は11月号でもご紹介した「カーボンナノチューブ」でした。カーボンナノチューブは、炭素の元素だけで成る、直径数nm(1nmは10億分の1m)しかない筒型の材料です。研究開発者は、板の上にカーボンナノチューブの繊維を垂直にびっしり“生やす”方法をとりました。
 研究開発者は、この方法で2010年に、ヤモリの足裏の8割ほどの接着力をもった「ヤモリテープ」をつくることに成功しました。1辺が1cmのテープで、たとえば500gほどの重さのもの(500mlのジュースなど)を持ち上げられます。しかも、ヤモリがすぐ歩き出せるのと同じように、ヤモリテープも剥がしたいときは簡単に剥がせるようにできています。

ミツバチがつくる六角形の巣 軽くて強い「ハニカム構造」として応用

最少の材料でありながら、強度に優れる。

 ミツバチの巣を見たことがあると思います。ほぼ正六角形の部屋がびっしり並んだ形になっています。
 別に、丸い部屋でも、四角い部屋でもよい気がします。でも、丸い部屋では部屋の間に無駄なすき間ができ、その分、ハチや幼虫の居所が狭くなることに。四角い部屋も、横から受けるような力に弱く、巣が壊れやすくなります。これらに対して、六角形の部屋ならば、部屋の間の無駄なすき間もなく、またどんな方向から受ける力も分散させることができ頑丈です。ミツバチにとって六角形は、子孫を繁栄させるために最も都合がよい形なのです。
 人は、このミツバチの優れた巣の形をまねしました。たとえば、航空機は、燃料をたくさん使う巨大なマシンなので、なるべく軽くて丈夫な機体にしたいもの。そこで、航空機メーカーは、床の下にミツバチの巣と同じく六角形の穴を並べた材料を敷き詰めることにしました。これで、床の下をびっしりと素材で埋めるよりも、全体として軽く、かつ頑丈さも保った床を実現しました。翼の内側にも、六角形を並べた構造物を使っています。
 このミツバチの巣と同じ形は、「ハニカム構造」と呼ばれています。航空機のほか、スピーカーなどの音響機器、机などの家具、それにサッカーでゴールしたボールを突き刺さったよう見せるためのゴールネットなどにも広く応用されています。

生物模倣技術が生まれる背景に “小さなものづくり”の進歩あり

 生きもののもつ形、生きものがつくる形、生きものの動きなどを、人がまねして役立てる。そうした技術を「バイオミメティクス(生物模倣技術)」といいます。ヤモリテープのようなごく小さなものは、2000年代に入ってから実用化が進んできました。その背景には、ナノメートルの寸法のものをつくりだす「ナノテクノロジー(微細加工技術)」という技術の進歩があります。人の技術が生きものに追いついてきたと言いましょうか。
 人の回りにはさまざまな生きものがいて、さまざまな生き方をしています。それらの生きものには、人にはない能力がたくさんあります。これからも、人が生きものに学ぶことは、たくさんあることでしょう。

これらは、いずれもナノテクノロジーを得意とする日本人の研究開発者が実現したもの。

プロフィール

漆原 次郎 (うるしはら・じろう)

1975年生まれ。出版社で8年にわたり科学書の編集をした後、物書きに。小難しいけれど魅力的な科学・技術の世界を伝えています。
小話ブログ「科学技術のアネクドート」(http://sci-tech.jugem.jp)日々更新中。

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