親と子の本棚

へんてこな町、なつかしい町

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない・・・。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

市長さんからの手紙

『ニルゲンツものがたり へんてこだより』より

斉藤洋・杉浦範茂の絵本『ニルゲンツものがたり へんてこだより』の最初の見開きには、「あるとき、わたしは こんな てがみを うけとりました。」とある。その手紙とは……。

 とつぜん おてがみを さしあげます。きくところに よると あなたは ひとから へんてこだと いわれているのに、じぶんは ぜんぜん へんてこだと おもっていらっしゃらないそうですね。それなら、わたしたち ニルゲンツの まちの にんげんと おなじです。
 いちど わたしたちの まちに あそびに きてください。
 ニルゲンツしちょうより

ニルゲンツなんて聞いたことのない町だけれど、その町の人たちは、どうして、へんてこだと思われているのか。どうして、自分たちは、へんてこではないと考えているのか。このあとの見開きごとに描かれた12の物語を読むと、わかるのだろうか。
最初の話は、「まちの やねが ぜんぶ そらいろ なのは……」。「ニルゲンツは ちいさな まちです。ニルゲンツでは、どの うちの やねも、みんな そらいろです。」――何年か前の夏、ニルゲンツでは、ひと月以上も晴れた日がなかったという。いつも、くもりか雨だったのだ。町の人びとは、市役所の前に集まり、どうしたらいいかと相談した。画期的な提案をしたのが市長さんだ。それをやってみた結果、町中の屋根が青くなったのだ。市長さんのアイディアは、いったい、どんなものだったのか。
つぎの話は、「おいしゃさんと くつやさん」。そのつぎは、「ニルゲンツきゅうこう」、ニルゲンツの町の電車の話だ。つぎつぎに読んでいくと、ニルゲンツの町の人たちには、ニルゲンツの町の人たちなりの考え方があることが、だんだんにわかってくる。そして、みんな、それが特にへんてこだとは思っていないのだ。

細長い町の細長い食べ物

ニルゲンツに負けず劣らず独特な町は、スプリートである。スプリ―トは、山の上にある。
オランダの作家、ケース・レイブラント『メネッティさんの スパゲッティ』は、メネッティさんがスプリ―トの町をたずねるところからはじまる。おなかのぽっこり出たおじさんだ。メネッティさんも、スプリートは、はじめてだという。

 スプリ―トにあるものは、すべてひょろりと細長いのです。家も、木も、街灯の鉄柱も。こんな町はめったにありません。ほら、町長さんの細長い家は、うすいへいに囲まれています。へいがあるのは、その家だけ。なにしろ町長さんですからね。どの家にも、ものすごくせまいドアがついていて、どの木にも、細い小枝しか生えていません。とにかく、へんてこなんです。

町にやってきたメネッティさんは、宿屋をさがしたけれど、戸口がせますぎて、中に入れない。メネッティさんは、道路で寝るはめになる。どこかで働こうとしても、工場も事務所もお店も、どの建物のドアも通れない。メネッティさんは、じっくり考えてみた。――「そとで、お金をかせぐ人たちだっているよ。交通整理のおまわりさんとか、ごみ集めの人や、ゆうびんやさんとか。通りで物を売る人たちだっている。たとえば、食べ物なんかを売ってるんだ。この町ならやっぱり、すごく細長い食べ物を売ったほうがいいんだろうな。すごく細くて、長くて、おいしいものを」すごく細長い食べ物――メネッティさんは、広場に屋台をこしらえて、スパゲッティを売りはじめる。メネッティさんのふるさとは、イタリアなのだ。
メネッティさんのスパゲッティは、とびきりおいしくて、おまけに安い。――「たくさん食べるがいい。そうすりゃ、おやせのみなさんも、少しはいい体になるよ!」スプリ―トの町の人たちは、スパゲッティが気に入って、どんどん食べるのだけれど、さあ、それからがたいへんだ。

おふろやさんのある町角

ニルゲンツの町の物語も、スプリ―トの町の物語も、何だかへんだな、おかしいなと思いながら読みすすめていくのだけれど、読み終わってみると、それぞれの町のことが、ふしぎになつかしくなってくる。
「これから、あっちゃんは、おとうさんと おかあさんと あかちゃんと いっしょに おふろやさんに でかけます。」――西村繁男の絵本『おふろやさん』のとびらには、そう記されている。そして、家族でおふろやさんに出かける絵。歩いている道のわきには、「ふとん店」と書かれた金属の広告のかかった電柱も立っている。
ページをめくると、家族は、「ふとん店」の電柱の角をまがり、そこに「亀の湯」があらわれる。
「亀の湯」のとなりは、コインランドリー、そして、「純喫茶ローズ」。「佐藤酒店」の軽トラックが通りかかる……。静かな、なつかしい町の夕暮れだ。

今月ご紹介した本

『ニルゲンツものがたり へんてこだより』
斉藤洋作、杉浦範茂絵
小峰書店、2016年
もとは、20年あまり前、音楽関係の雑誌に1年間連載されたものだという。そういえば、六つめの話は、「おまつり おんがくたい」だ。ニルゲンツの町の人たちは、音楽好きで、みんな何か楽器が演奏できる。お祭りの音楽隊の行進には町中みんなが参加するから、見物人がだれもいない。

『メネッティさんの スパゲッティ』
ケース・レイブラント・文、カール・ホランダ―・絵、野坂悦子・訳
BL出版、2004年
スプリ―トの人たちは、スパゲッティを食べたことがなかった。最初にスパゲッティを買ったのは、子どもだった。ひもみたいなものを1本、おそるおそる口に入れる。――「うまい」「ほんとに、いけるよ!」
現在、本書は、本屋さんでは手に入らない。是非、図書館で。

『おふろやさん』
西村繁男 作
福音館書店、1983年
とびら以外には、文字のない絵本だ。しかし、描かれた町の風景にも、おふろやさんのようすにも、人びとの様々な物語を読み込むことができるだろう。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学文学部教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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