ブックトーク

『よくぞ ごぶじで』  きつねの かぞくの おはなし

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

異国の文化を知る本 『よくぞ ごぶじで』

ルドウィッヒ・ベーメルマンス作/ビーヴァリー・ボガート原詩/江國香織訳/BL出版/1,600円(本体価格)

表紙のきつねは赤みを帯びたもみじ色。クジャク石にも似た深い緑の瞳でこちらを見つめています。キツネ狩りを題材にとったベーメルマンスの一冊は、作者の友人の詩をもとにしたというテキストの軽快さはもとより、何といっても暖色を基調としたのびやかな絵に惹きつけられます。あっというまに終わってしまう物語を饒舌にひっぱる壮気盛んな絵は、ヨーロッパ生まれのこの作家が持つ洗練と、ぴちぴちとしたバイタリティーの両方を備えているのです。

冒頭から三ページは、朝焼けのなか、キツネ狩りを楽しもうとやってきた人々の賑わいを伝えます。

 

さあ、この楽しい休日の朝、

猟犬係が ラッパを吹き鳴らして言います。

「くつに 拍車をつけたなら、

みなさん どうぞおいでください、

このすばらしい もよおしに」

 

ラッパの号令とともに、お母さんたち、お父さんたち、女の子たち、男の子たちがぞくぞくと詰めかけます。子どものタイを直したり、鞍の上に子どもを押し上げたりしている黒い乗馬服のお母さんは、浮き立つ気持ちをぐっと抑えているのかもしれません。その興奮は、猟犬と人馬が跳ねてかけ出す次のページで極まります。しかし、もう一枚捲れば、場面はがらりと変わり、そこは、穏やかに暮らすキツネの家の中です。「おそとで きゃんきゃん 言ってるのは なに? 犬たち、どうしてあんなに ほえてるの?」と、子ギツネがお母さんギツネに尋ねると、お母さんギツネはキツネ狩りのことを子ギツネに教えます。ちょうどそのころ、お父さんギツネは、お母さんギツネの説明の通りに、追われている真っ最中だったのでしたが……。

優れた作家の絵本を手にとるたびに思うのは、彼らの視点が抜きんでて非凡で、そのフォーカスがいかに勘所を押さえているか、ということです。場面ごとに使い分けられた緩急が、物語にリズムと大きなうねりを生みます。モノトーンの画面の中に朱色の乗馬服が斑点のように見えるページでは、前のめりになって走り出す犬たちの血気に逸る吠え声も聞こえてきそう。一方、森を疾走する父さんギツネは、動物や虫に見守られながら、犬に追いつかれないようにおいを落とします。決死の覚悟で逃げながらも、洒脱な振る舞いが飄々としてユーモラスです。しかめつらをするキツネのすぐそばで、事も無げな顔で水を飲む鹿もいます。多くの命ある者たちがこの森で共に生きているのです。

深い森には、いよいよ日没が近づき、草木の緑を橙や黄色が覆い始めます。圧巻なのが、赤茶色の瑪瑙(めのう)のような美しい夕陽! こってりと色が幾重にも層を成して塗られた画面は、威風堂々として、全てを包容する自然の雄大さを感じさせます。その濃厚なページの端に、まんまと逃げおおせたキツネが小さく描かれているのも対比の妙でしょう。

 

“知恵のまわる きつねは、

いつだって にげのびる”―中略―

お母さんぎつねは 涙ぐんで言う。

「ああ、あなた、

これでまた 一年は、無事なのね」

 

パリの女の子マドレーヌを主人公としたシリーズ、もみの木と牡鹿の友情を語った『パセリともみの木』、そして本作と、アーティスティックで開放的な、この作者ならではの熟れた審美眼に酔いました。50年以上前にアメリカで出版されたベーメルマンス晩年の作品、邦訳は7年前です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

「国語専科教室」講師。子どもたちの作文、読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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