ブックトーク

『百まいのドレス』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

少女の心をえがきだす本 『百まいのドレス』

エレナー・エスティス作/ルイス・スロボドキン絵/石井 桃子訳/岩波書店/1,600円(本体価格)

自分たちをたっぷりと満足させてくれた物語に対し、子どもたちが精いっぱいの敬意を表して発するため息まじりの応(こた)え――「おもしろかった!」。ほとんどの子どもの本にとって、これはまたとない賛辞であるはずです。しかし、この言葉ではおさまりきれない感覚を懐(いだ)いたとき、彼らの口は、とたんに重くなります。自分の思いを代弁してくれる定かな言葉を探して迷う彼らは、言葉が、時おり、狭量にすぎることを、幼いながらもちゃんと知っているのでしょう。声に出した瞬間、心の中に漂っていたあらゆる感慨は、そのひと言に淘汰(とうた)されてしまうのですから。そんな恐れが言葉を圧し、物語の感想は、それぞれの胸の内にそっとしまわれます。この『百まいのドレス』も、そんなふうに“読者を寡黙にする”1冊です。

ワンダは、ポーランドから移民してきた貧しい一家の娘で、毎日同じ、青い「しわだらけの」ワンピースを着て学校へやってきます。クラスではおとなしくてめだたず、いつも一人ぼっちのワンダ。しかし、ある日、彼女のあまりに意外な発言が周囲を驚かせます――「あたし、うちに、ドレス百まい、持ってるの」。この日から、「百まいのドレス」ごっこは始まりました。裕福な家の少女ペギーが先頭に立ってワンダを囃(はや)したてます。「ちょっとおききしますけど、あなた、戸だなのなかに、ドレスを何まい、お持ちなんでしたっけ?」。そして、「百まい」と答えるワンダを皆で嘲笑(ちょうしょう)するのがお定まりでした。
物語の語り手である少女マデラインは、この遊びにひそかに胸を痛めていながら、それを親友であるペギーにうち明けられずにいます。実は、ペギーのお下がりを縫い直して着ているマデラインは、からかいの矛先が自分に向けられるのではないか、と恐れていたのでした。しかし、やがて二人は、ワンダの言葉が決して嘘(うそ)ではなかったのだと知らされます。と同時に、わたしたち読者も確かに受け取るのです。一人の孤独な少女からまっすぐに発信される深いメッセージを……。

物語の構成、結末のつけ方、ともに巧みで、ゆるんだところがありません。少女の心の揺れをこれほど緻密(ちみつ)に、そしてある種のなまなましさをもって描いた作者には敬服します。人の痛みを知ろうともがくマデライン。彼女の視点で物語を進めることで、ワンダとペギーの性格まで浮き彫りにする手法もみごとです。ペギーだって、意地の悪い子どもであったのでは決してなく、ワンダがなぜ「ドレスを百まい持っている」と言ったのか――いえ、言わなければならなかったのか、そこまで深く物事を考えられない楽観的な少女であったにすぎないのだと感じられます。

スロボドキンの美しい水彩画は、描かれる少女たちの日常と静かに寄り添いながら、決して出すぎることなく、粛々と物語を支えています。細かな表情の動きは描きこまれていないのに、たとえば視線を落としてうつむくしぐさ、ほおづえをつきぼんやりと空を見つめるしぐさなど、デフォルメを避けたそのささやかな動き一つひとつに、不思議なほどくっきりと少女の心が透けて見えます。長らく「岩波の子どもの本」のシリーズとして親しまれてきましたが、10年ほど前、情趣に富んだ見応えある改訂版となって再刊され、訳文にも新たに手が加えられました。更に、訳者石井桃子さんのあとがきがつけ加えられたことはうれしい限りです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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