ブックトーク

『トロールものがたり』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

本で出会う不思議な生き物 『トロールものがたり』

イングリ・ドーレア エドガー・ドーレア作・絵/へんみ まさなお訳/童話館出版/2,000円(本体価格)

「このお話、ほんとうにあったこと?」――幼い人たちとこの本を読むと、必ずこう尋ねられます。就学前の子どもたちなら、それさえ愚問だとばかりに、ここで語られている全てを現実の中に取り込んでしまうでしょう。ドーレア夫妻の絵本は、温かみのあるどこか時代めいた石版画が特色ですが、彼らの世界をまるごと読者が信じられるのは、誠実な語りのリズムによるところも大きいはずです。その正しさが、奇想天外なストーリーに落ち着きと安定感を与えています。

この物語には数多くのトロールが登場します。12頭(あたま)のトロール、金銀銅の森を持ち、その財宝を盗ろうとした人間をけものに変えてしまうトロール、長い鼻でシチューの鍋を掻きまわす老いたトロール、他にもいろいろ。その中で、強大な力を持つのはもちろん巨人族です。私たちが、トロールといって思い描くのもこの種ではないでしょうか。日本にも風変わりな妖怪の伝説が数多くありますが、巨人族のトロールは、さすが広く深い森に住まう生き物というだけあって、その大きさが圧巻です。一方、小柄なトロールの代表といえば、昔話にも登場するノーム族でしょう。彼らは、あざやかな琥珀色の目とねこのひげをつけた地の精で、地下に深い穴を掘り、金銀を採掘し続けています。それから、人間の美しい娘そのものの姿かたちをしたハルダーのおとめたち。彼女らは、その美貌で若者を地下の世界へ誘い込みますが、思慮深い若者は、その策略に惑うことなく、しっぽを生やしたハルダー族のおとめと人間の世界で幸せになれると語られています。不思議なお話です。

章立てはなく、流れるように次々と奇抜な特徴を有したトロールたちが現れますが、私にとって、そのエキセントリックな風体が最も印象的だったのは、ひとつの目玉を3人で使いまわす巨大なトロールです。このトロールたちは額には目がついていないので、「3人で、じゅんばんに 目をかしあって、ものを見るのでした」。ですから、そのたったひとつしかない目玉を誰かに奪われてしまえば、3人とも身動きがとれなくなってしまうというわけです。この3人、女房もひとりきり。「1度にひとりだけしか、女房を見られない」のですから当然かもしれません……。

国土の約40パーセントは森林だというノルウェー。真夜中に苔生した山々をうろつきまわる巨大なトロールが、小さな人間にまんまと騙される間抜けなエピソード群は痛快です。「いちばんたかい松の木より、まだおおきなトロール」や「月の輪ぐまみたいなトロール」が、知恵ある人間にうまくその怪力を利用されるお話など、彼らの奇天烈な格好は恐ろしいけれどおかしみがあり、ものごとに執着しない単細胞ぶりには愛嬌さえ感じてしまいます。

北欧の昔話の立役者ともいえるトロールは、様々な物語において繰り返し登場しています。とはいえ、これほどその魅力――豪放さと不気味なたたずまい、更に滑稽さやその弱点まで――を、緻密なテキストとダイナミックな絵の両方で堪能させてくれる一冊は他にないでしょう。石版画特有のやわらかなタッチと黄色やオレンジといった暖色を効かせた明るい色彩。普通の絵本よりひと回り大きいサイズですが、そのスペシャリティーを存分に生かし、驚きと発見に満ちた一冊に仕立てています。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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