ブックトーク

『新装版 あひるのピンのぼうけん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

異国文化に触れる探検 『新装版 あひるのピンのぼうけん』

マージョリ―・フラック文/クルト・ヴィーゼ絵/まさきるりこ訳/瑞雲社/1,300円(本体価格)

 アジアでは一番、世界でも三番めに長い川、長江。そこに船を浮かべて水上生活をする人々の風習が、おっとりとした一羽のあひるの小さな冒険とともに語られます。『シナの五にんきょうだい』で馴染み深いドイツの画家(後に渡米)クルト・ヴィーゼは、第二次大戦前の中国で数年間暮らしたとのことですので、その経験をもとに、のびやかなデッサンでこの絵を描いたのでしょう。1933年にアメリカで出版されたこの作品は、ですから、現代の中国の姿とは異なるはずです。しかし、このお隣の大国に伝えられてきたバイタリティーみなぎる多様な昔話群を思うとき、彼らのなかで脈々と受け継がれている頑健な生命力を意識せずにはいられません。生真面目さと自由さを併せ持ったエネルギーの横溢(おういつ)に、わたしはいつも目を見張ります。大きな川の流れに時間を任せて生きる悠揚たる姿もまた、彼らのタフな一面なのでしょう。

 本の主人公は、船上に暮らすあひる、ピンです。朝一番に揚子江に放たれるピンを含めた50羽以上のあひるたちは、夕暮れとともにまた船に戻ります。船に戻るための橋を最後に渡ることになったあひるはおしりをぶたれるので、ピンはいつもそうならないように「とてもよく気をつけて」いたのです。しかし、ある日、ピンはその最後のあひるになってしまいました。そこでピンは草むらに隠れて船を見送ります。おしりをぶたれたくない、という一念で身を潜め、目の前をゆっくりと行き過ぎ遠ざかっていく自分の家(船)を見つめるピン。その行動は、小さな子どもそのものです。ほどなく、頭を翼に入れ小さくなって目立たないように眠ったピンでしたが、翌朝になると広い揚子江の上で「ひとりぼっち」になったことを改めて認識します。それでも平気な素振りのピンは、ひとりで魚を捕まえて食べ、ひとりで船を探し、ひとりで鵜飼いを見物し……水の中に勢いよく跳びこんできた男の子と出会うのでした―。

 テキストはあっさりしていて、修飾する言葉を廃したシンプルな筋だけで読ませます。昔話にも似た簡明なテキストでは、ピンの不安も、取り巻く人間たちの感情も、ほとんど何も語られません。そのぶん、動物や人間、この国特有の風景と伝統を、生き生きと描いた絵に強くひかれます。この絵とさり気ない語りの取り合わせによって、主人公の見たもの聞いたもの、匂いや感触がひたと読者に伝わるのでしょう。

漫漫たる川のうねりは、無窮な時間の流れを連想させます。そこに暮らす人々や小さな動物たちの生活もまた、大河の流れに練りこまれるごとく、切れ目なく続いていくのです。中国という広大な国の生地、その一端が、このおおらか且つクラシカルな美しさを感じさせる絵本として著されたのはうれしいことです。幼い人たちが、絵で表現されているものを、そのままおもしろく感じとってくれたらいいと願います。とぼけたユーモアさえ感じさせる少ない枚数の絵本なのに、事に触れて、積み重なる時間の層をふと感じさせる一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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