親と子の本棚

物語への期待

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

しらとりくんの自己紹介

『しらとりくんは てんこうせい』より

「おれ」のクラスに転校生がやってくる。枡野浩一『しらとりくんは てんこうせい』のはじまりだ。転校生のしらとりくんは、自己紹介をする。――「おとうさんの しごとの かんけいで 東京から きました。/算数と シュークリームが すきです。/どうぞよろしく おねがいします」教室のみんなは、「えーっ」といって笑う。「おれ」は考える。――「算数と シュークリームの どっちが ひっかかったんだろう みんなは。/おれが ひっかかったのは 算数。あんなものが すきって気もち ぜんぜん わからない。/シュークリームは ふつうに すき。」しらとりくんの席は、「おれ」のとなりになる。
しらとりくんは、放課後の野球にさそわれても、「きょうは ピアノの先生が くる日だから」などといって帰ってしまうが、運動ができないわけではない。体育の時間のサッカーでは、すばしっこく走る。だけど、一度もボールをけらない。「おれ」は、しらとりくんが気になって、目で追う。

 しらとりくんは ボールの 行き先を よくよく 見ているんだ。
 そのうえで ボールが 行かないところへ ささっと 走っていく。
 ボールに さわらずに 走りつづけるには どうしたら いいのか?
 そういうルールの ゲームを たったひとりで やっているんじゃないか。
 クラスで このことに 気づいているのは たぶん おれだけだ。
 そう考えると どきどきした。

体育のあと、着がえながら、「おれ」は、「しらとりくん ほんとはスポーツ とくい?」「足も はやいし」と話しかける。しらとりくんは、うつむいて、「足が はやくても それだけだよ。それに せきにんを とりたくないんだ」という。「おれ」は、びっくりする。たぶん転校の多いしらとりくんは、転入したクラスの子どもたちの共同体に深くかかわらない癖がついてしまったのか。それでも、「おれ」は、図工の時間におたがいの顔を描き合ったことから、しらとりくんと親しくなっていく。「ひみつの パーティ」にまねかれて、しらとりくんの家にも行く。

物語のふるまい

「せきにんを とりたくないし。めいわくを かけたくないんだ」という、しらとりくんのことばから、どういうわけか連想したのは、たかどのほうこ『グドーさんのおさんぽびより』におさめられた、いろいろの物語だ。登場人物はグドーさんとイカサワさんという二人のおじさんと9歳のキーコちゃん、春夏秋冬の20編の話が語られる。「深まる謎」は、春の話だ。
「キーコちゃーん、グドーさんからお電話よお!」――おかあさんに呼ばれて、電話に出てみると、「あのさ、もしかして、キーコちゃんに本かしてなかった? 『深まる謎』って本なんだけど」「……ふかまるなぞ? ううん、そんな本、かしてもらってないよ。だいいちそれって、子どもにも読めそうな本?」電話が切れたあと、キーコちゃんは、念のために本棚をのぞいてみる。すると……。
つぎに電話をもらったイカサワさんも、「『深まる謎』? かりてないと思うよ。知らない本だし……。」とこたえるが、やっぱり本棚を見に行く。すると……。
「本かしてなかった?」という電話からはじまる物語は、私が期待したのとはまったくちがう結末にたどり着く。その結末ににやりと笑いながら、私が期待した「事件とその解決」というような物語がずいぶんありきたりで、つまらないものだったことに気がつくのだ。『グドーさんのおさんぽびより』を読みながら、私は、何度もそんな経験をした。
『グドーさんのおさんぽびより』の物語のこうしたふるまいが、転校生のしらとりくんを思い出させる。しらとりくんも、クラスの共同体が無意識に期待していることに簡単にこたえようとはしない。

もうひとりの転校生

福田隆浩『香菜とななつの秘密』の香菜のクラスにも転校生がやってくる。広瀬圭吾くんだ。サト先生にうながされて、あいさつをする。

「おれ、友だちとかつくる気ないんで……。だから、適当に無視してかまわないから。」

にこりともせずにいったことばに、クラスのみんなは息をのむ。そのあとに、「あのさ、さっきのは冗談っていうか……。とりあえず、よろしくお願いします……。」といい直して、先生が「さあみんな、新しい友だちに歓迎の拍手を送りましょう!」と大げさに手をたたいたけれど……。 さあ、ここからはじまる物語にどんな期待をしますか。そして、物語は、どんなふるまいをしていくのか。

今月ご紹介した本

『しらとりくんは てんこうせい』
枡野浩一 ぶん、目黒雅也 え
あかね書房、2018年
しらとりくんが「ひみつの パーティ」というから、「おれ」は、誕生日なのかと考えて、プレゼントに粘土みたいな消しゴム「ねりけし」を買っていくのだけれど、その日は、しらとりくんの誕生日ではなかった。「ただの ひみつの パーティ」で、お客さんも、「おれ」ひとり。しらとりくんのおかあさんは、ミルク紅茶とシュークリームを「どうぞ」といって置いていく。

『グドーさんのおさんぽびより』
たかどのほうこ、え・佐々木マキ
福音館書店、2018年
「そりあそび」は、冬の話。グドーさんとキーコちゃんは、チェーホフの書いた物語のまねをして、イカサワさんにいたずらをしようとするが、物語のようにはいかない。

『香奈とななつの秘密』
福田隆浩
講談社、2017年
語り手で主人公の香菜は、人前で話すのが苦手で、おとなしい女の子だが、ずいぶんと考えが深い。この香菜が七つの章の七つのなぞを解いていくミステリーだ。おしまいには、転校生の広瀬くんがかかえこんでいた秘密も明らかになる。
香菜は5年生だけれど、4年生なら楽しく読めます。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学文学部教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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