親と子の本棚

魔法の兄弟

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

『赤い鳥』創刊100年

『赤い鳥』は(中略)子供の純正を保全開発するために、現代第一流の芸術家の真摯なる努力を集め、兼て、若き子供のための創作家の出現を迎うる、一大区画的運動の先駆である。

「『赤い鳥』の標榜語(モットー)」と題された創刊のことばに、このように述べて、鈴木三重吉の主宰する児童雑誌『赤い鳥』が創刊されたのが1918(大正7)年7月、ことしは、創刊100年にあたる。日本の子どもの文学の芸術性を飛躍的に引き上げた雑誌だ。「子供の純正」ということばに、「子ども」を純粋無垢なものとして理想化する大正期の子ども観がよくあらわれている。
『赤い鳥』を主宰した鈴木三重吉は、もとは小説家だった。三重吉も、創刊号から数々の童謡を寄稿した詩人、歌人の北原白秋も、文壇ロマン派の出身で、その立場から「童心」を発見したともいえる。
三重吉が『赤い鳥』を創刊するとき、購読者募集のために作ったちらしには、こう書かれている。

 現文壇の主要なる作家であり、又文章家としても現代第一流の名手として権威ある多数名家の賛同を得まして、世間の小さな人たちのために、芸術として真価ある純麗な童話と童謡を創作する、最初の運動を起したいと思いまして、月刊雑誌『赤い鳥』を主宰発行することに致しました。

森林太郎(鴎外)をはじめ、12人の作家の名前もあがっているが、そのおしまいに記されているのが芥川龍之介だ。三重吉にとっては夏目漱石門下の後輩にあたり、最初の短編集『羅生門』(1917年)を出したばかりの新進作家だった。三重吉に協力して、創刊号に「蜘蛛の糸」を書いたほか、「魔術」「杜子春」など5編の童話を『赤い鳥』に寄稿している。
創刊号には、島崎藤村の「二人の兄弟」も掲載されている。藤村のほかにも、有島武郎(「一房の葡萄」)や、豊島与志雄(「天狗笑」など)、宇野浩二(「蕗の下の神様」など)らの文壇作家が書いたことが、先にもいった芸術性の引き上げにつながったと考えられる。

けしの花の庭で

『赤い鳥2年生』「まほう」より(挿絵は井口文秀)

『赤い鳥』が育てた童話作家といえば、まず、坪田譲治だ。「正太の馬」(1920年)などを発表した小説家だったが、小学生の善太と幼い三平の兄弟の会話のなかで現実と空想が交錯するおもしろさを描いた「魔法」など、たくさんの童話を書いた。
「魔法」は、たとえば、学年別童話集『赤い鳥2年生』で読める(タイトルの表記は「まほう」)。書き出しは、こうだ。

「にいちゃん、おやつ。」と、さけんで、三平が にわに かけこんで いきますと、
「ばかっ。だまってろ。いま、おれ、まほうを つかってる ところなんだぞ。」
 あにの 善太が 手を あげて 三平を とめました。
「まほう?」

善太は、庭に、けしの花がたくさん咲いているのを見ていたら、何だか魔法が使えるような気になったという。目をつぶって、「ちょうよ、こい」と口のなかでいって、もういいかなあと思って、目をあけたら、ほんとうにチョウが来て、花の上をとんでいたのだ。
垣根の外をひとりの坊さんが通りかかる。善太が小さい声でいう。――「あれを ぼく いま、ちょうに してみせるから。」「うん、すぐして。すぐして みせてよ。」ところが、善太が何もしないうちに、坊さんは、むこうへ行ってしまう。「だめだよ、にいちゃんなんか。はやく しないから いっちゃったじゃないか。」と三平にせめられているうちに、一羽の黒アゲハがとんでくる。「そうらあ、きた、きた。」それを見た善太が大きな声を出す。三平も、少しふしぎになってきた。

もう一つの魔法

マージェリィ・ウィリアムズ『ビロード うさぎ』は、ビロードでできた、うさぎが、ほんとうのうさぎになる魔法を描く。
子ども部屋で、年とった木馬がビロードのうさぎにいう。――「もし、そのおもちゃをもっている子どもが、ながいながいあいだ、そのおもちゃを、ただのあそび相手でなくて、とてもながいあいだ、しんからかわいがっていたとする。すると、そのおもちゃは、ほんとうのものになるのだ」
「そうなるとき、くるしい?」と、うさぎが聞く。「ときにはね」と馬はいう。「でも、ほんとうのものになると、くるしいことなんか、気にしなくなるんだ」

今月ご紹介した本

はじめてよむ日本の名作絵どうわ2『くもの糸』
芥川龍之介・作、深見春夫・絵、宮川健郎・編
岩崎書店、2016年
『赤い鳥』創刊号の「蜘蛛の糸」は、たとえば、この本で読める。
大どろぼうで、くもの糸をたどって自分ひとりだけ地獄を抜け出そうとする犍陀多は、よくない人のはずなのに、ずいぶん生き生きと描かれる。それが、この童話の魅力だ。

『赤い鳥2年生』
赤い鳥の会:編
小峰書店、2008年
「まほう」のほかに、童話4編、童謡5編をおさめる。
「まほう」で、兄弟のところへとんできた黒アゲハは、たしかに、黒い着物に黄色い袈裟がけの坊さんのようにも見える。善太は、自動車を運転手ごと魔法にかけて、カブトムシにしたり、背の高いチンドン屋に魔法をかけて、カマキリにしたりする。カブトムシは、まるで自動車のようだし、背の高いチンドン屋は、カマキリのようでもある。善太のいう魔法とは、「まるで~のようだ」という比喩(たとえ)のことなのではないか。

『ビロード うさぎ』
ぶん マージェリィ・ウィリアムズ、やく いしい ももこ、え ウィリアム・ニコルソン
童話館出版、2002年
もとは、1922年にロンドンで出版された本。
ビロードのうさぎが、ぼうやのベッドでいっしょに寝るようになって、しばらくして、ぼうやがいい出す。――「これは、おもちゃじゃないんだ。ほんとうのうさぎなんだよ」
その後、ぼうやが重い病気にかかり、お医者さんが「猩紅熱(しょうこうねつ)のバイキンの巣だ」というものだから、うさぎは、すてられてしまうのだが……。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学文学部教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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