ブックトーク

『はなのすきなうし』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

あなたは何をするのが好きですか? 『はなのすきなうし』

マンロー・リーフ文/ロバート・ローソン絵/光吉夏弥訳/岩波書店/640円(本体価格)

 幼いころから読んで知っていたはずのこの本。借り物でない「個」を自分なりの方法で護りまっとうした主人公の物語だと気付いたのは、けれども大人になってからだったように思います。ほかの誰でもない、自分の人生を獲得することの幸福は、子どもの本のテーマとしてはポピュラーですが、主人公が、それなりに混乱したり緊張したりしながら、それでも勇気を出して選択しようとするほかの多くの物語に比べると、このフェルジナンドという雄牛は、特別な思慮をいだくこともなく、ひたすら無心に、自分の好きなことを求めただけ、とも言えるでしょう。その力の抜き具合は、いっそすがすがしいほど。だから、堅苦しいテーマなんか意識しないで、「むかし――すぺいんに、」とだけ書いてあるはじまりのページから、「ふぇるじなんどは とても しあわせでした。」と終わるこのお話を幾度となく読んできたのかもしれません。本を開けば、潔く力強い黒一色のペン画が、クローズアップと遠景を使い分けながら物語を盛り上げます。テキストを記した右ページの余白も、その広がりを助けています。

 お話の冒頭、花の傍を離れようとせず、誰とも遊ばないひとりぼっちの幼いフェルジナンドを、彼の母親は心配しました。でも、ひとりで花のにおいをかいでいるのが好きなのだという息子の言葉を確認してからは、構わず好きなようにさせておきます。それなのに、ある偶然により、瞬間的とはいえ「猛牛」となったフェルジナンドは、マドリードからやってきたスカウトマンたちの目にとまり、「闘牛ふぇるじなんど」としてデビューすることになってしまうのです。スペインに生まれた牛にとって、闘牛の舞台は、晴れがましい栄誉に違いありませんが、はたしてフェルジナンドは……?

 原題は”THE STORY Of FERDINAND”。1936年にアメリカで出版されました。「岩波の子どもの本」シリーズの一冊となったこの本より原書はひとまわり大きく、表紙の赤は、渋みがかった小豆色です。邦訳版の表紙とは、形体も色も、さらには題名を記す文字のデザインや絵も異なります。「すぐれた個性に恵まれていた」(作者マンロー・リーフの言葉より)主人公フェルジナンドなのですから、原書版のように、媚びない凛々しさを感じさせるデザインがぴったりくると思いました。

 作者は、「個性」に加えて「良い趣味」にも言及していますが、そのどちらをもはぐくむには、没頭すること<させること>が決め手なのかもしれません。読書や楽器演奏など、ひとりで楽しめるものはもとより、集団で行うスポーツでさえ、打ち興ずる人たちは、干渉されない皮膜の内側で静かに自己を発散しているように見えます。夢中になるとは、深く濃く、その世界と繋がること。だから、周囲は、すぐさまわかってあげようと気を急くのではなく、わからなくても観察し受容してみようと大らかに構えなければならないのでしょう。端的に言えば、それは、相手を、相手が夢中になっているものもまるごと含めて、肯定していることにほかならないはずです。

 年齢を問わず、私たちは心を寄せられる何かをいつも求めています。周囲の雑音に翻弄されることなく、内なる声に耳を傾け専念してみれば、それは自分を知る大きな手立てにもなるでしょう。そんなふうに忠実に生きることが、すなわち、おもしろく生きることなのかもしれません。地に足の着いた主張をしっかりと尊んでいる古典絵本です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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