ブックトーク

『がんばれヘンリーくん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

元気な主人公とともに冒険しよう 『がんばれヘンリーくん』

ベバリイ・クリアリ―作/ルイス・ダーリング絵/松岡享子訳/学研/1,200円(本体価格)

 アメリカで出版されたのは1950年。それから18年後の1968年に邦訳されています。幾度も重版されながら、それぞれの時代の小学生から読み継がれてきたポピュラーな一冊は、もちろん、現代の子どもたちにだって、全シリーズを一気に読み通してしまうほど、親しまれています。そういえば、幼い私に、アメリカという国、つまり、そこに住む人々とカルチャーをはっきり意識させたのは、この作家であったかもしれません。『ひとりっ子エレンと親友』や『いたずらっ子オ―チス』(ともにクリアリ―の作品、現在は出版されていません)の、大きな学校の長い長い廊下や、日常的に乗馬を楽しむ主人公たち、はきはきと意見を交換し合う男の子と女の子、といった、当時の私が物珍しく感じた場景は、今も鮮烈に思い出されます。大きなストーリーの流れより、こうしたディティールの方が記憶に残るというのは不思議な気もしますが、子どもの読書では、自分を取り巻く社会と、語られているフィクションの世界の垣根が低く、両者の比較作業が、無意識ながらも丹念に行われていたせいかもしれません。

 この本に収められた6話全てで、ヘンリーくんはやっかいごとに巻き込まれ――あるいは、自身でもめごとを招き寄せ――、自分なりに手段を考え工夫を講じた後、周囲の助けを借りながら解決に挑みます。臆病な子どもだった私は、物語を読み進むにつれ、なぜこんなにも立て続けに騒動を(主人公が)引き起こすのか、そのむこうみずで天真な行動力に気を揉まずにはいられませんでした。ヘンリーくんは、出会ったばかりの大人たち、たとえばドラッグストアの店員やバスの運転手、さらには警察官まで、にだって臆せず話しかけ、いつだって自分の要求をはっきりと口にできるのです。一方で、このシリーズ全体に漂う自由でおおらかな気風こそが、大国アメリカの慣わしであるのだと、憧憬していたに違いありません。

 シリーズ第一作めとなるこの本の基軸は、何といっても犬のアバラ―に関するエピソードでしょう。二人(ひとりと一匹)の出会いから始まったストーリーは、最終話でひとつのクライマックスを迎えます。迷い犬だったアバラ―の、もと飼い主だと主張する少年が現れたのです。この時のヘンリーくんの葛藤と切迫感には、今読み返しても息が詰まります。真っ向勝負で、大切なものをつかみとろうとするがむしゃらな熱意。仮借ない愛情を持ってアバラ―と向き合う少年の一途さは、彼の未来へ続く限りない可能性を思わせました。

 どのお話も、深刻に悩みを掘り下げず、主人公の感情を軽快に語ってみせます。現実はそんなに甘くないかもしれませんが、チャーミングに描き出された彼の長所と短所を読み進めるうちに、いつしか読者は、運さえ味方につけたその突破力を当然のように受け容れてしまうのです。そして、子どもたちの日常には、“今、ここ”を乗り切るための選択肢がいかに多いかを思い知ります。彼らは、経験不足を想像力でみごとに補いながら、大人よりずっとフレキシブルに生きているのでしょう。

 自分のことはもちろん、自分以外の誰かを肯定し、困難に立ち向かいながら――または、やり過ごしながら――、楽しいばかりでは決してない子ども時代の活路を懸命に開いていく子どもたち。クリアリ―の物語を読むと、この子たちには、紛うこと無き希望がある、それは本当にすごいことだし寿ぐべきことだといつも思うのです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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