ブックトーク

『マリールイズいえでする』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

家出は自信を携えて 『マリールイズいえでする』

N.S.カールソン作/J.アルエゴ.A.デューイ絵/星川菜津子訳/童話館出版/1,400円(本体価格)

幼いころ、もし家出を決行するのなら線路づたいを歩こう、と決めていました。どこまでもどこまでも線路に沿って歩いていくのだ、と。それは――映画や童謡に触発されたというわけではなく――、“帰り道”を迷わないようにするための、自分で決めたルールなのでした。「家出」と言っておきながら、既に帰宅を心配するとは我ながら情けなくなりますが、眠れない夜、真っ直ぐに前を向いて歩く自分の姿を想像すると、不思議と胸のざわつきがおさまったのを覚えています。

言うまでもなく、幼い人たちの「家出」は、心配してくれる周囲の大人の存在なくしては成り立ちません。彼らは、ときに、大人の愛情をはかるために「家出」を用います。帰れる場所のある「家出」ほど甘美なものはありませんが、それがわかるのは、もっとずっと大人になってからで、幼い人たちが、それでも敢えて家を出ようと試みるのは、帰る場所と愛してくれる人が確かに存在している事実を、改めてその小さな胸に刻印するためなのでしょう。そんな子ども時代の最高の「家出」を題材にした物語のひとつが、この絵本。主人公は、「ちゃいろのマングースの女の子」マリールイズです。

いたずらを咎(とが)められ、かあさんにおしりをぶたれたマリ―ルイズは、「あたらしいかあさん」を探しに家を出る決意を固めます。しかし、そんな娘の突飛なふるまいにも、かあさんは少しも動じません。そればかりか、「そうかんたんに、あたらしいかあさんは みつからないわよ。じかんがかかるわ。きっとおなかがすきますよ。サンドウィッチをつくるから、もっていったら?」とマリールイズにお弁当まで持たせるのです。

幼い人同士なら、互いの癇癪(かんしゃく)でさえ吸収しあってやがて納まりがつくのに、大人が介入すると、かえって縺(もつ)れて物々しくなってしまいがちです。その点、マリールイズのかあさんは、娘の理不尽な“憤り”とも上手に付き合える数少ない大人の一人といえるのではないでしょうか。大人が子どもより勝っている部分があるとすれば、それは、生きてきた時間、言い換えればその実体験の多さ、ぐらいしかないのでしょうが、このマリールイズのかあさん、その利点をしっかりと生かして、ことの顛末(てんまつ)を読み、落ち着いて対処しています。この初めの場面は、物語の最後、マリールイズとかあさんが再び抱き合うクライマックスと呼応し、かあさんのマリールイズに対するゆるぎない愛情を裏付けています。本当に素敵なかあさんです。

家出したマリールイズは、へびやアルマジロ、果てはヒキガエルにまで「あたしを、おばさんの子どもにほしくない?」と尋ねて歩きますが、尽く断られます。何度締め出されても、果敢に自分をアピールできるマリールイズの自信は、不足なく愛情を受けたものの持つ強さです。余白を廃し、親子の睦まじさを際立たせた最後の場面で、ふたりはこんな言葉を交わします。

 

「かあさんも いえでしてきたわ。うちにいても さびしくて。かわいがったり、せわをやいたりする子が いないんだもの。さあ、これから、ふたりで どこへいく? どこが、いちばんいいかしら?」かあさんはいいました。

「かあさんが、あたしの、ほんとうにいちばん すきなかあさんよ。おうちにかえろう。そこが、いちばんいいところよ。」マリールイズはいいました。

こうしてマリールイズは、かあさんにこの上なく愛されている誇りをもって、わが家へ戻ることができ、空想の中でしか家出を実行できないかつての私のような読者の心を満たします。これほど後味良く、甘さ控えめに仕上げるのは、同様のテーマを扱う子どもの本の中にあって、大変稀なことと言わざるを得ないでしょう。アルエゴらしい、どこかとぼけた味わいのユーモラスな画風、そして、密林に暮らす風変わりな登場人物も、そこに一役買っています。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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