親と子の本棚

川とカッパ

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

約束の石

『菜の子ちゃんとカッパ石』より

 山向こうの海は、きっともう、重たい鉛色から青い春の色に変わっているころでしょう。ほやほやと暖かくなった海風が、山をこえ、この町まで、潮のかおりを運んでくるようでした。
 入学式も終わり、小学校では、四月の新学期がスタートしています。

富安陽子『日本全国ふしぎ案内』の第2作『菜の子ちゃんとカッパ石』の書き出しだ。前作では、2学期に奈良の山奥の小学校にあらわれて大仕事をした菜の子ちゃんが、今回は、春の新学期の下関の5年生の教室に登場する。今回も、丸めがねで、カールした髪の菜の子ちゃんのことは、クラスのみんなも、先生でさえ、わすれてしまうのだが……。
 ただひとり、菜の子ちゃんを、くっきりとおぼえているのがトオルだ。その日の放課後、昇降口で顔を合わせた菜の子ちゃんがトオルにこういったのだ。――「知ってる? いよいよ、カッパたちが、やってくるんだって」「え? 何?」と聞き返すトオルに、菜の子ちゃんは、真剣な顔で繰り返す。――「カッパだよ。あのカッパたちが、百五十年ぶりにやってきて、赤間神宮で評定が開かれるらしいよ……今夜ね」「だけど、それってまずいよね? だってさ、あの約束の石は、本物じゃないんだから……」
 当たり前のことのように話す菜の子ちゃんに、トオルは、何とか、ついていこうとする。約束の石というのは、カッパが約束のしるしに置いていった石だ。

 「砂子多川(すなこだがわ)の川べりにあるでしょ? でも、あの“カッパ石”ってさ、本物が明治時代の大水で流されちゃったあと、代わりにおいた石なんだよね。カッパが見れば、ぜったい、すぐに、わかっちゃうと思わない?……って言うか、わかっちゃうに決まっているよ。昔、おいていった約束の石じゃないってこと……」

菜の子ちゃんは、だから、本物の約束の石をさがさなければならないという。そして、トオルに手伝ってほしいともいう。菜の子ちゃんは、この町のことをまだよく知らないのだ。

カッパの招待

昔、田畑を荒らしたり、いろいろないたずらをして、こらしめられたカッパがゆるしてもらったときに、石をもってきて、「この石がここにあるかぎり、われらカッパ一族は、決してこの里には近づきません」といったのである。今夜の赤間神宮の150年ぶりの評定で、約束の石が、まだ同じ場所にちゃんとあれば、カッパたちはあきらめて、また150年はやってこない。しかし、もし、石がないとなれば、カッパたちが町におしよせてきて、住みつき、またどんな悪さをするかわからない。町はいま、大ピンチなのだ。
 夕暮れ、菜の子ちゃんとトオルは、石さがしに協力してくれるという2頭のイノシシの背中にのる。――「さぁ! カッパ石の捜索に、いざ、出発! ゆけ! イノシシたち!」
 菜の子ちゃんが悪さをおそれる、そのカッパのお祭りに招待されたのは、長谷川摂子・降矢奈々の絵本『おっきょちゃんとかっぱ』のおっきょちゃんだ。おっきょちゃんは小さな女の子で、名前は、きよ。おきよちゃんと呼ばれていたのが、ちぢまって、おっきょちゃんになった。
 おっきょちゃんは、裏の川にひとりで足を入れて遊んでいた。すると、赤い顔の子どもが水の上に頭を出す。――「おまえは だれ?」「おいら、ガータロ。おまつりなのに だれも あそびにこんから、おまえ、おきゃくさんになれや」ガータロは、がたろ、がたろうで、カッパの異名だ。

水の中に棲(す)むもの

佐藤英治文・写真『こんにちは、ビーバー』には、アラスカの湖の写真がある。そこにいるのは、ビーバーだ。

 おとなになってアラスカの大自然の中で出会ったビーバーは、動物園のビーバーとはちがう動物じゃないかと思うほどに、いきいきとしていました。私は、ビーバーに夢中になってしまいました。

これは、最初のページの文章の一節である。「ビーバーのすみか」「巣とダム」「巣を修理するビーバー」……こうした見出しの下で、ビーバーのすがたが写真と文章で描き出されていく。

今月ご紹介した本

日本全国ふしぎ案内2『菜の子ちゃんとカッパ石』
富安陽子 作、YUJI 絵
福音館書店、2016年
『菜の子ちゃんと龍の子』(2015年)につづく2冊めの『ふしぎ案内』だ。巻末には、「作者解説――海峡の町・下関のこと」があり、今回の物語の舞台である下関の歴史が紹介されている。「源平合戦」「安徳天皇と赤間神宮」「耳なし芳一の話」――これらは、解説の見出し。

『おっきょちゃんとかっぱ』
長谷川摂子・文、降矢奈々・絵
福音館書店、1997年
いったん家に帰って、ゆかたに着替えたおっきょちゃんは、ガータロにつれられて、川の中へ入っていく。水に入ると、ゆかたは、とっぷり重くなる。昔話の「浦島太郎」のような異郷訪問譚だ。

『こんにちは、ビーバー』
佐藤英治 文・写真
福音館書店、2007年
「湖に浮かぶ島のようなもの、これがビーバーの巣です。/はじめて近くでビーバーの巣を見たとき、私はとてもびっくりしました。乗用車と同じくらい大きかったからです。水の中の部分をいれるともっと大きいはずです。」――そして、水の中には、巣の出入り口がある。どうして、出入り口は水の中なのか。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学文学部教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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