ブックトーク

『鬼のうで』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

日本の鬼 『鬼のうで』

赤羽 末吉作・絵/偕成社/本体価格1,600円(税別)

 “鬼”といってまずイメージするのは、赤羽さんの描く“おにろく”です。『だいくとおにろく』のなかで、太い二の腕をにゅっと突き出して白い歯を見せてにかっと笑う赤い鬼。子どものころ読んだきりだった本の中のそれが、以来、私の“鬼”の具体像となりました。昔話を題材にやはり赤羽氏が手掛けたこちら『鬼のうで』は、女性に変化し男を惑わすなどの艶めいた霊力の強さが、鬼の異形の妖しさを際立たせています。

 物語は「今昔物語集」の中の一遍で、斬られた腕を取り返しにくる鬼の話として私も記憶していたものでしたが、「そうれ それそれ そのむかし。」と始まるこの一冊で読めば、その迫力は倍増。軽妙な語りと日本画風に描かれた端整な絵は、私が懐(いだ)いていたイメージをはるかに上回って変幻自在に躍動的です。1976年に一度出版されたものの、長い間品切れとなっていましたので、復刊された数年前に、私も初めて手にしました。以来、魅了され続けています。

 刀を振りかざした侍の頭を鷲掴みにした「鬼のうで」。白い画面を飛び交う色の塊は、勾玉(まがたま)にも似ています。すっきりと清潔で、なのに、大胆な禍々(まがまが)しさも漂う表紙―をめくると漆黒の闇。その闇のなかに、斬りとられた腕だけが白く浮かび上がっています。不気味ながら、その迷いの無い黒一色の画面には目を奪われてしまいます。

 さて、たった一人で鬼の棲家(すみか)「羅生門」にのりこんだ力自慢の「渡辺綱(わたなべのつな)」です。

羅生門の やねが  つうんと みえると、  なまぬるい風が  ふわーんと ふいてきおった。

羅生門の  あかいらんかんが  みえはじめると、 ぽつーんと 雨がふって  ぷつんと きえた。

 余白の上隅に小さく描かれていた武人は、だんだん大きくなりながら近づいてきて、ついには立派な鎌髭(ひげ)をたくわえた面構えとその雄姿がくっきりと現れます。帯状に挟まれる色は、青竹色や、もう少し鮮やかな萌黄色。それはまさに嵐の前の静けさを写し取ったよう。日本的で穏やかな配色が、裏腹に、これから待ち受ける危機を暗示させます。しかし、その予想をすこぶる超えて鬼の登場シーンは刺激的です。その大きな手で、一気に押し潰される「渡辺綱」。しかし、からくも逃れます。

鬼めのうでを、 綱は がつーんと  ちからの かぎり  きっぱらってござる。

 奇をてらったふうな演出は見られないのに、場面ごとにくるりと構図を変化させ、ページをめくるたびに新鮮な感興を与える絵。色はあくまで和のテイストですが、その落ち着いた発色が白い画面と墨色の輪郭に良く映えています。太い線で勇ましく描かれる鬼は、しかし、獲られた腕をどうして取り返そうかと首をかしげて思案する姿には愛嬌もあって、親しみも湧くというものです。

 昔話や説話は、語りこそ命で、それだけで完結できるほどの力を持っていますから、絵本として仕立て直すにはかなりの手腕が必要です。語りは名調子、挟まれる擬音語が、物語に弾みをつけ、お話のうま味を昂進させたこの絵本は、その数少ない大きな成功例のひとつといえるのではないでしょうか。

 12世紀に我が国で生まれた物語。その原典が持つ不可思議さを踏襲しつつ、しかし、更にエキサイティングで、新しい芸術へと昇華させた一冊だといえます。古いものが持つ安定感と落ち着き、新しいものが放つさえた驚き、両者を品良くかねそなえた得難い絵本です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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