親と子の本棚
「こわい」をもとめて
2019.4.25
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子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。
たった一つのこまったこと
むかし、「ただの ごろべえ」という さむらいが いた。
ちからの つよさは ひゃくにんりき。
けんを とれば むかうところ てきなし。
“ただのごろべえは にっぽんいち つよい さむらい”という ひょうばんであったから、くにじゅうから とうさんと かあさんが あかんぼうを つれて やってきた。
ごろべえに だいてもらえば、げんきに つよく そだつ、という わけなんだ。
おおともやすおの絵本『ごろべえ もののけのくにへいく』の書き出しだ。
しかし、このごろべえにも、たった一つこまったことがあった。一度も、「こわい」と思ったことがないのだ。夜の墓場の話を聞いても、幽霊やもののけの話を聞いても、「こわい」とか「ぞっとする」ということが、いったいどんな気もちなのか、わからない。
ごろべえは、お寺の和尚さまに相談した。――「わたしは こわいということが わからないのです。」
和尚さまはいう。――「それは こまった。なむあみだぶつ」「いぬいの ほうがくに、いくが いくと、もののけたちの すむ くにが ある。そこへ いけば、こわい おもいを することだろう。ぞっとも なさるだろう」
いぬい(戌亥)の方角とは、北西のこと。ごろべえは、さっそく、「こわい」をもとめて旅に出る。
貧乏からぬけ出す方法
『ごろべえ もののけのくにへいく』のような、「こわい」をもとめて旅に出るというモチーフは、ヨーロッパの昔話などにも見られる。グリム童話の「こわがることをおぼえるために旅にでかけた男の話」もそうだ。グリム童話はドイツの昔話集だけれど、イタリアの昔話から似た話を紹介しよう。剣持弘子訳・再話の『子どもに語る イタリアの昔話』におさめられている「ゆうかんな靴直し」だ。
むかし、イタリアのジェノヴァの町に、りっぱなお屋敷がありました。ある公爵の持ちものでしたが、公爵はそこに住んでいるわけではありませんでした。そのお屋敷には、幽霊が出るという噂があって、長いあいだ空き家になっていたのです。ときには、噂なんかしんじないで、中に入ってみるものずきもいましたが、生きて出てきたものは、一人もいませんでした。
ある日、町で、公爵は、陽気に歌いながらやってくる靴直しに出会う。公爵が「やあ、ばかに元気がいいね。」と声をかけると、靴直しは、「いいえね、こう貧乏じゃ、歌でもうたってなきゃ、やってられないんですよ。」という。彼には、養わなければならない子どもがたくさんいるのだ。公爵は、ちょっと考えてからいう。――「貧乏からぬけ出す方法が、ないわけではない。だが、おまえには、勇気があるかね」「もし、おまえが屋敷の中に入って、一晩、無事にすごせたら、その屋敷をあげよう」
屋敷というのは、もちろん、噂の幽霊屋敷だ。それでも、靴直しは、勇気があるといって、公爵の話にのる。
夜、靴直しが、元気づけに歌いながら、ひとりで屋敷に入り、夜中の1時の鐘が鳴ると、急に、くさりを引きずる音や、人のあえぐ声、すすり泣きも聞こえてくる。そして、背筋のぞっとするような声が「落とすぞ」という。靴直しが「ああ、落とせ。そうしたいんならな」というと、足もとに、腕の骨が1本落ちてくる。
大きな古い屋敷
ごろべえや、グリム童話の男とはちがって、靴直しは、「こわい」を知っている。それでも、夜中の屋敷で骸骨とやりあうから、勇敢なのだ。
川端誠の落語絵本『ばけものつかい』でも、ご隠居さんが古い大きな屋敷に引っこしてくる。それは、やはり、お化け屋敷という噂の家だったから、奉公人の久蔵さんは、引っこし早々、ひまをもらいたいと願い出る。――「おら、人づかいのあらいごいんきょ様のおせわをして三年たちますが…」「おら、人づかいのあらいのは、がまんできるんだけんど…、ばけものだけはがまんできねえもんで…」
久蔵さんは出ていってしまったけれど、ご隠居さんは、いっこうに平気らしい。ご隠居さんも、「こわい」を知らない人なのだ。
引っこした日の晩、庭のしょうじがスーッとひらいて、一つ目小僧が顔を出す。ご隠居さんは、「ハッ、ハッ、ハッ――、こりゃあおもしろいなあ」と笑い出す。「おまえのでてくるのをまってた。いやなあ、久蔵にやめられちまってひとりでこまってたとこだ」「さっそく、ひとつはたらいてもらうよ。いいか、まず米をとげ…」ご隠居さんは、人づかいだけではなく、化け物つかいもあらかった。
今月ご紹介した本
『ごろべえ もののけのくにへいく』
おおともやすお
童心社、2018年
ごろべえは、結局、こわいとも、ぞっとするとも思わずに、もののけの国から帰ってくる。
すると、ごろべえを出迎えた寺の小坊主がこういう。――「ごろべえさま、わたしが こわいということを おおしえしましょう。ぞっとも させましょう」そして、あすの朝、日がのぼる前に、寺の山門に来るようにという。
『子どもに語る イタリアの昔話』
剣持弘子 訳・再話、平田美恵子 再話協力
こぐま社、2003年
全部で15編がおさめられている。「ゆうかんな靴直し」の靴直しの陽気さは、イタリア人気質なのだろうか。
落語絵本『ばけものつかい』
川端誠
クレヨンハウス、1994年
川端誠が落語を絵本化したシリーズの1冊め。
ごろべえは、「こわい」をもとめて旅に出るけれど、「こわい」を知らないご隠居さんにとことん使われて、化け物のほうが、ひまをもらいたいという。
プロフィール
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。