親と子の本棚

「こわい」をもとめて

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

たった一つのこまったこと

『ごろべえ もののけのくにへいく』より

むかし、「ただの ごろべえ」という さむらいが いた。
ちからの つよさは ひゃくにんりき。
けんを とれば むかうところ てきなし。
“ただのごろべえは にっぽんいち つよい さむらい”という ひょうばんであったから、くにじゅうから とうさんと かあさんが あかんぼうを つれて やってきた。
ごろべえに だいてもらえば、げんきに つよく そだつ、という わけなんだ。

おおともやすおの絵本『ごろべえ もののけのくにへいく』の書き出しだ。
しかし、このごろべえにも、たった一つこまったことがあった。一度も、「こわい」と思ったことがないのだ。夜の墓場の話を聞いても、幽霊やもののけの話を聞いても、「こわい」とか「ぞっとする」ということが、いったいどんな気もちなのか、わからない。
ごろべえは、お寺の和尚さまに相談した。――「わたしは こわいということが わからないのです。」
和尚さまはいう。――「それは こまった。なむあみだぶつ」「いぬいの ほうがくに、いくが いくと、もののけたちの すむ くにが ある。そこへ いけば、こわい おもいを することだろう。ぞっとも なさるだろう」
いぬい(戌亥)の方角とは、北西のこと。ごろべえは、さっそく、「こわい」をもとめて旅に出る。

貧乏からぬけ出す方法

『ごろべえ もののけのくにへいく』のような、「こわい」をもとめて旅に出るというモチーフは、ヨーロッパの昔話などにも見られる。グリム童話の「こわがることをおぼえるために旅にでかけた男の話」もそうだ。グリム童話はドイツの昔話集だけれど、イタリアの昔話から似た話を紹介しよう。剣持弘子訳・再話の『子どもに語る イタリアの昔話』におさめられている「ゆうかんな靴直し」だ。

 

 むかし、イタリアのジェノヴァの町に、りっぱなお屋敷がありました。ある公爵の持ちものでしたが、公爵はそこに住んでいるわけではありませんでした。そのお屋敷には、幽霊が出るという噂があって、長いあいだ空き家になっていたのです。ときには、噂なんかしんじないで、中に入ってみるものずきもいましたが、生きて出てきたものは、一人もいませんでした。

ある日、町で、公爵は、陽気に歌いながらやってくる靴直しに出会う。公爵が「やあ、ばかに元気がいいね。」と声をかけると、靴直しは、「いいえね、こう貧乏じゃ、歌でもうたってなきゃ、やってられないんですよ。」という。彼には、養わなければならない子どもがたくさんいるのだ。公爵は、ちょっと考えてからいう。――「貧乏からぬけ出す方法が、ないわけではない。だが、おまえには、勇気があるかね」「もし、おまえが屋敷の中に入って、一晩、無事にすごせたら、その屋敷をあげよう」
屋敷というのは、もちろん、噂の幽霊屋敷だ。それでも、靴直しは、勇気があるといって、公爵の話にのる。
夜、靴直しが、元気づけに歌いながら、ひとりで屋敷に入り、夜中の1時の鐘が鳴ると、急に、くさりを引きずる音や、人のあえぐ声、すすり泣きも聞こえてくる。そして、背筋のぞっとするような声が「落とすぞ」という。靴直しが「ああ、落とせ。そうしたいんならな」というと、足もとに、腕の骨が1本落ちてくる。

大きな古い屋敷

ごろべえや、グリム童話の男とはちがって、靴直しは、「こわい」を知っている。それでも、夜中の屋敷で骸骨とやりあうから、勇敢なのだ。
川端誠の落語絵本『ばけものつかい』でも、ご隠居さんが古い大きな屋敷に引っこしてくる。それは、やはり、お化け屋敷という噂の家だったから、奉公人の久蔵さんは、引っこし早々、ひまをもらいたいと願い出る。――「おら、人づかいのあらいごいんきょ様のおせわをして三年たちますが…」「おら、人づかいのあらいのは、がまんできるんだけんど…、ばけものだけはがまんできねえもんで…」
久蔵さんは出ていってしまったけれど、ご隠居さんは、いっこうに平気らしい。ご隠居さんも、「こわい」を知らない人なのだ。
引っこした日の晩、庭のしょうじがスーッとひらいて、一つ目小僧が顔を出す。ご隠居さんは、「ハッ、ハッ、ハッ――、こりゃあおもしろいなあ」と笑い出す。「おまえのでてくるのをまってた。いやなあ、久蔵にやめられちまってひとりでこまってたとこだ」「さっそく、ひとつはたらいてもらうよ。いいか、まず米をとげ…」ご隠居さんは、人づかいだけではなく、化け物つかいもあらかった。

今月ご紹介した本

『ごろべえ もののけのくにへいく』
おおともやすお
童心社、2018年
ごろべえは、結局、こわいとも、ぞっとするとも思わずに、もののけの国から帰ってくる。
すると、ごろべえを出迎えた寺の小坊主がこういう。――「ごろべえさま、わたしが こわいということを おおしえしましょう。ぞっとも させましょう」そして、あすの朝、日がのぼる前に、寺の山門に来るようにという。

『子どもに語る イタリアの昔話』
剣持弘子 訳・再話、平田美恵子 再話協力
こぐま社、2003年
全部で15編がおさめられている。「ゆうかんな靴直し」の靴直しの陽気さは、イタリア人気質なのだろうか。

落語絵本『ばけものつかい』
川端誠
クレヨンハウス、1994年
川端誠が落語を絵本化したシリーズの1冊め。
ごろべえは、「こわい」をもとめて旅に出るけれど、「こわい」を知らないご隠居さんにとことん使われて、化け物のほうが、ひまをもらいたいという。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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