ブックトーク

『太陽の東 月の西』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

ノルウェーの珠玉の昔話集 『太陽の東 月の西』

アスビョルンセン編/佐藤 俊彦訳/岩波書店/本体価格680円(税別)

1958年に出版されたノルウェーの昔話集です。品切れの時期が長かったため、私がその存在を知ったのも大人になってからでしたが、軽妙で無駄のない語りと、それでいて豊かな情感をもった一遍一遍にすっかり引き込まれました。

北欧のお話といえばトロルの存在を忘れてはなりません。この昔話集の中にも、個性的な姿かたちをしたトロルがたくさん出てきます。三つ頭、六つ頭、九つ頭を持ったトロルは、それぞれの頭についたシラミをとらせるために三人のおひめさまをさらい(『青い山の三人のおひめさま』)、男の子を連れ去ってスープにしようと民家に降りてきたトロルは、大きな袋を背中にかついで、自分の頭を脇の下に抱えています(『ちびのふとっちょ』)。また、白クマに姿を替えられた王子様が結婚を迫られるトロルは、鼻の長さが、何と三メートルもありました(『太陽の東 月の西』)。大きさも、身体に備わった奇妙な特徴も、様々なトロルたちです。

巨人もまた、主人公の――文字通り――最大なる敵として語られます。『心臓が、からだのなかにない巨人』では、主人公アシェラッド(灰をいじる少年といった意味だそうです。シンデレラ(灰かぶり)の男の子版の名でしょうか)が、以前助けてやったオオカミや大ガラスの力を借りて巨人をやっつけ、六人の兄とおひめさまを助け出します。王子が巨人を出し抜くお話(『女中がしら』)は、物語が二転三転し、次々に難問が降りかかる主人公たちにハラハラし通しです。といっても、活躍するのは常に知恵を出す「女中がしら」の方で、王子はその指示通りに動くだけですし、やっと幸せになりかけた終盤にも、大事な約束を彼が破ったために、もう一悶着(もんちゃく)……というありさまなのですが。

トロルや巨人が登場するこうしたお話には、スケールの大きさや、情緒的に描かれる自然、控えめに語られる愛情など、アンデルセンの物語を彷彿(ほうふつ)させるものもいくつかありました。また、幻想的なデ・ラ・メアの物語や、アトリーの短編を連想するお話もあって、泥臭い骨太な昔話というより、洗練された語りの妙を感じます。もちろん、貧しくともたくましく生きる農村の人々の暮らしから生まれた、機知に富んだお話もいくつかあり、その痛快な結末ににやりとさせられることもしばしばです。

異形のものに連れ去られるおひめさま、助け出すために戦う勇敢な若者、「決して○○してはいけません」という禁を犯す主人公、魔法で動物に姿を替えられ夜の間だけもとの姿に戻る王子、機転を利かせて出世していく貧しい家の息子――昔話では繰り返し語られるテーマがそれぞれにもりこまれてはいるものの、展開は想像をはるかに超えてワイド、更に、うねるような物語の骨格を支える小道具や些細なエピソードにも、意表を突く斬新さがあります。

アスビョルンセンとモーという二人の研究家によって編纂(へんさん)された民話集(全三巻)の中から、特におもしろいお話十八篇を選んで一冊にまとめたのがこの『太陽の東 月の西』です。他に、ノルウェーの昔話は『ノルウェーの民話』(青土社)、『ノルウェーの昔話』(福音館書店)があり、この二冊には、それぞれ三十余りのお話が掲載されています。お話は重複するものも含まれますが、それもそのはず、すべての昔話の源は、一つの語り――アスビョルンセンとモーが各地をまわって集めたもの――なのですから。昔話を育む豊かな土壌と、それを丹念に記録して今に伝えた人間の努力。日本から遠く離れたノルウェーで語り継がれてきた珠玉のお話を、こうして楽しめる幸せを改めて感じました。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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