親と子の本棚

名前をもとめて

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

ただの「ねこ」

『なまえのないねこ』より

町の建物と建物のあいだのすきまに、ねこがいて、こちらを見ている。竹下文子・町田尚子の絵本『なまえのないねこ』の最初の見開きだ。ねこのつまらなそうな顔。――「ぼくは ねこ。なまえのない ねこ。/だれにも なまえを つけてもらったことが ない。//ちいさいときは ただの「こねこ」だった。/おおきくなってからは ただの「ねこ」だ。」
そのねこは、ただの「ねこ」なのに、町のねこたちは、みんな名前をもっている。靴屋さんのねこは、「レオ」だ。「ぼくの なまえは ライオンという いみなんだぞ」と自慢している。本屋さんのねこは、「げんた」。お客さんたちが「げんちゃん、こんにちは」と声をかける。やおやさんのねこは「チビ」で、おそばやさんのねこは「つきみ」……。
ただの「ねこ」は、名前をもとめて、町をさまよう。

12か月の行事

山本和子『とねりこ通り三丁目 ねこのこふじさん』の主人公のねこには名前がある。タイトルのとおり、「こふじ」だ。
物語は、「こんにちは。/わたくしはこふじのおばあちゃんよ。」という、あいさつからはじまる。おばあちゃんは、いまはとだえてしまった、まぼろしの織物「ねこ織」をさがしに世界旅行に出かけることになる。おばあちゃんが住んでいる、とねりこ通りの坂の上の西洋館の留守番はどうするか。

まごのこふじが仕事をやめて、部屋にひきこもっているっていうじゃありませんか。
「るすの間、西洋館に住んでみる気はある?」って聞いたら、すぐに大きなトランクを引きずって、やってきたの。
「ちょうど、どこか別の町でくらしたいと思っていたところなの」だって。
 まだわかいのに、どんよりした服を着て、どこかに心をおいてきてしまったみたいに立っていたわ。

おばあちゃんの「ふじ」は、孫の「こふじ」に、こう言いわたす。――「それなら、とねりこ通りでしっかりくらしてみることね。お家賃は、ちゃんともらいますから」「お家賃は『月に一度、その月らしい行事をすること』。どんな行事をやったか、ちゃんと手紙に書いて送ってね。旅先のゆうびん局どめで。」おばあちゃんは、「さあ、これでどうなるかは、こふじ、あなたしだいよ。」と考えて、旅立つ。
そして、4月。こふじさんは、「やった、やった、もう、めんどうくさい、だれともかかわらずに、ここでくらすんだ!」と大きなのびをする。動物づきあいは、もうこりごりなのだ。それでも、家賃がわりの行事のことが気になってくる。4月は、やっぱり、お花見。こふじさんは、花見べんとうを作って、縁側で広げる。夕闇のなかで、まだ幹の細い、若いサクラがほの白く咲いている。こふじさんは、ちょっと涙ぐむ。――「いや、サクラはわたしのために咲いているわけじゃないわね。でもうれしいな」
こふじさんが花見べんとうの箱をさがしているとき、家の戸棚が開いて、めがねの若いねずみが顔を出した。――「ご近所に住んでおります、ネズモリと申します。よろしくおねがいいたします。」これが、とねりこ通りでのこふじさんのはじめての出会いになった。
5月は衣替え、6月は青ウメのジュースづくり、7月は七夕、8月は花火と行事がつづく。そのなかで、こふじさんには、さまざまな出会いがある。ねこの男の子のまきおと、古本屋「船ねこ書店」を営む、そのじいちゃん、久しぶりに西洋館をたずねてきた、いとこのうずる兄ちゃん……。おばあちゃんには、毎月、手紙を書く。
そして、9月は、お月見。こふじさんは、きつねの女の子のふさのおと、つな引きをすることになる。ふさのおは、もうすぐ、お姉さんになるのだけれど、お母さんもお父さんも、おなかの赤ちゃんのことだけを気にかけている。ふさのおは、おもしろくない。腹いせに、子うさぎや子いぬや、たぬきや、かもめたちをいじめてしまう。見かねた、こふじさんが声をかける。――「あっ、わたしはこふじ。いじめられっこ代表みたいなねこなのよ」「よし、いじめっこと、いじめられっことで、勝負しよう」こふじさんは、つとめていた会社で仕事仲間に無視されて、つらくなって、やめてしまったのだ。さあ、勝負は、つな引きだ。

待っている子どもたち

あまんきみこ・渡辺洋二の絵本『ぽんぽん山の月』では、ぽんぽん山という山の上で4ひきの子うさぎたちが、町にでかけた、おかあちゃんを待っている。――「おかあちゃん、おそいなあ。」「うん、おそいねえ。」「この みちから かえってくるって いったのになあ。」「おいしい もの もってくるって いったのにねえ。」
やがて、十五夜の月がのぼる。月のなかでは、おかあちゃんが、もちをついている。

今月ご紹介した本

『なまえのないねこ』
竹下文子 文、町田尚子 絵
小峰書店、2019年
名前をもとめて町をさまよった、ただの「ねこ」は、雨の公園にたどりつく。ベンチの下にうずくまっていたら、赤いかさの女の子がのぞきこむ。――「ねえ。おなか すいてるの?」

『とねりこ通り三丁目 ねこのこふじさん』
山本和子 作、石川えりこ 絵
アリス館、2019年
こふじさんは、遠慮なく、つなを引く。こふじさんは、名前をさがしているわけではないけれど、自分らしい自分をさがしているようだ。「大人と子どもなんて、ずるいよう!」とくやしがる、ふさのおに加勢するのが、まきおとじいちゃん、ネズモリ、かもめたちだ。勝負のあとは、ススキ野原で、みんなで、お月見だ。

『ぽんぽん山の月』
あまんきみこ・文、渡辺洋二・絵
文研出版、1985年
子うさぎたちのようすを木のかげから見ていたのは、ぽんぽん山の奥にくらしている、はずかしがりやの山んばだ。山んばは、1ぴきのうさぎが猟師に撃たれたのを知っていた。――「あの かわいそうな うさぎが、このこたちの おかあちゃんじゃ ないかねえ。」
第9回絵本にっぽん賞受賞。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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