ブックトーク

『真夜中のパーティー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

ささいなできごとにも物語は宿る 『真夜中のパーティー』

フィリパ・ピアス作/猪熊葉子訳/岩波書店/本体価格640円(税別)※版元品切れ重版未定

語られるのは、ともすれば、何かのおりに撮られた一枚の写真のように、日常的でごく個人的なできごと。それなのに、読む側の記憶まで一緒に照らし出すその輝きに驚かされます。派手な事件や展開がなくとも、読んでいると、自分でも思ってもみなかった心のひだに直接ふれてきて、じーんとしたり、ときに身につまされたり。主人公の子どもたちが寡黙であることも手伝って、“何かが起こりそう”という予感めいたものを常に抱えていた自らの幼い日を思い出します。彼らのような視点で世間を見つめた記憶は、きっとだれにでもあるはずです。大人になった今でさえ、うまく説明できなくても、こんなふうに感じた日があった、と思い出すかもしれません。たとえば、近所から嫌われた一人暮らしの隣人が、実は真っ当な価値観をもった温かい心の持ち主だと見抜く少年(「よごれディック」)や、ふとしたできごとをきっかけに、癇癪(かんしゃく)もちで利己的な父親の姿を知る少女(「キイチゴつみ」、または、潜った水の中から古びたブリキの箱を見つけ出しただけで「百歳ぐらいまで生きるかもしれない」と感じられた不器用な少年(「アヒルもぐり」)、そして、聴力を失った祖父を乗せた車いすを押して、数キロ先の老人クラブへと通う無口な少年(「ふたりのジム」)のように。

愛も憎しみも、ある日突然生まれてくる感情ではありません。一つの言葉、ある動作、そして偶発的な事象が積み重なっては崩れながら、少しずつかたちになっていきます。もしかすると、ここに収められた八編は、そうした経過を語っているともいえるでしょうか。人生のほんの僅かな瞬間――それは文字通り“日々”ではなく“刻々”。そして、読み進めるうちに、登場人物が子どもであることはさして重要ではなくなり、生まれては消えてゆくちりのような一つひとつの感情について思います。言葉に頼りきった今の自分をかたちづくるのは、しかし、そんな“ちりのような”断片なのかもしれないと。そして、“孤独”という言葉を知ったときから、一人でいることは寂しいのだと定めてしまうように、感情をさまざまに言い分けられる大人のほうが、子どもよりずっと悲しみが多いのかもしれないとも。

フィリパ・ピアスといえば、タイムトラベルの先駆『トムは真夜中の庭で』が最も知られているでしょうか。印象的な美しい場面がいくつもあるこの作品で、わたしはイギリスへの憧憬を強めましたが、なかでもとくに心惹(ひ)かれたのは、氷結した川を主人公たちが下流へ向かって滑っていく場面です。西日が氷に反射してキラキラと輝き、滑る少女の影が先へと急ぐ――映像で見たかのようにくっきりと心に焼きついています。この短編集も、すべての舞台は作者の故郷だというだけあって、土地も建物も、川も草木も、そのまま実在するように描かれています。会話やそれぞれの立ち居ふるまいから、通り一遍ではない人々の暮らしぶりも伝えられ、豊かな田園風景とともに生き生きと眼前に浮かび上がるのです。

前述の『トムは真夜中の庭で』、そして『まぼろしの小さい犬』などの長編は、緻密で知的な語りが少年の心の内側を深く丹念に掘り下げ、引っぱられるように結末まで読ませてしまいます。これらは、20世紀を代表する児童文学といっていいのではないでしょうか。もちろん、この短編集でも、ピアスはその頭抜けた才能を遺憾なく発揮しています。ただ懸命に、今を生きる子どもたち。描かれたできごとに結論はなく、その意味でもすばらしい八編です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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