ブックトーク

『心の宝箱にしまう15のファンタジー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

美しく奔放な空想世界『心の宝箱にしまう15のファンタジー』

ジョーン・エイキン作/三辺律子訳/竹書房/本体価格1,600円(税別)

「作品を楽しんでください。それだけ」――日本の読者へのメッセージを求められたエイキンはかつてこう答えたといいます。この気どりのなさは、彼女が生み出す物語の魅力の一つです。日常から生まれる魔法物語は、大がかりなしかけとは無縁でも、想像をはるかに超えて奇想天外。あれよあれよというまに読者をひきこみ、優しい雰囲気に包んだまま気分よく閉じられます。『ウィロビー・チェースのオオカミ』から始まる一連の長編ファンタジーも有名ですが、わたしはやっぱりこの人の短編がもつ奔放な空想世界を選奨します。毎週必ず騒動に巻き込まれる“アーミテージ一家のお話”シリーズ(全3冊)や、昔話ふうに生き生きと語られる『しずくの首飾り』など、心がすっとほぐれるような開放感が味わえるものばかりです。

しかし、この『心の宝箱にしまう15のファンタジー』の最初のお話「ゆり木馬」を読んだとき、わたしが親しんだそんなエイキンの作品とは少し違うと感じました。静謐(せいひつ)で風合い豊かな物語のなかに、透明な悲しみが漂っています。短編とはいえ、その深い余韻のため、すぐには次のお話を読み進めることもできません。15のお話のなかには、ときに、哀感が胸に迫り、幾度も幾度も最後のフレーズを読み返してしまうものもありました。

恵まれない子どもたちが主人公のお話(「ゆり木馬」「キンバルス・グリーン」「魚の骨のハープ」「本を朗読する少年」)が多いのも特徴といえますが、ほかにも、白鳥に寄せる男のいちずな愛をせつなく語ったお話(「三つ目の願い」)、銅像となってなお、主人への忠誠と愛を失わない一匹の犬と、命に代えても彼らを引き離すまいとする老人のお話(「十字軍騎士のトビ―」)、一万年もの昔から現代へ迷い込んだ一輪のバラをめぐる人々のお話(「真夜中のバラ」)、そして、古い時代のお姫さまに恋をしてしまう偏屈な医者のお話(「お城の人々」)など、バラエティに富んだ粒ぞろいの短編が続きます。読み通してみれば、エイキンの持ち味――身近なものを自在にふくらませ、よどみなく独自の語りへひきこんでいく――はここでも健在だとわかりますが、ただ、たとえいったんは喧騒(けんそう)で始まった物語でも、結びはいつもしっとりと謎めいています。不思議で、しかし、胸の中にほのかな明かりが灯ったような温かい後味。その正体は、だれかを――何かを――愛する心かもしれません。エイキンは、それぞれの内に宿る思いを、尊いものとしてそっと眺め、そして、静かになにげなく語っているのです。その距離感には、信頼できる清潔さがあります。行間には充分なゆとりがあって、ページに降り立った読者は落ち着いて感情移入できるはず。その一編一編は、まさに“A HANDFUL OF GOLD”(原題)。てのひらにそっと握りしめた黄金が、ささやかに、けれど確かに輝くのを大切に見つめているような――そんな贅沢(ぜいたく)な読み心地です。

70歳の誕生日を記念して、作家自らがとくに好きな作品を選んで作ったというこの短編集には、『魔法のアイロン』(版元品切れ重版未定)に入っていたお話や、おなじみのアーミテージ一家が活躍するお話もいくつか入っています。そういった既知の物語も、しかし、この15話に加えられると、ほかの作品と響きあって、異なった色合いを見せてくれるようです。鮮明な絵のように、心に刻まれる数々の場面。生きている者がだれしももっている純粋な愛の心と、洒落(しゃれ)た魔法が溶けあって生まれたすてきなファンタジーを、大人の読者にこそおすすめいたします。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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