ブックトーク

『おどるねこ ネリー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

あやつり人形ネリーの選択『おどるねこ ネリー』

ナタリー・バビット作/たなか まや訳/評論社/本体価格1,165円(税別)※版元品切れ重版未定

持ち主のおばあさんと穏やかに暮していたあやつり人形の猫ネリー。しかし、おばあさんが亡くなると、「おばあさんのもの」だった自分の行く末を決められず途方にくれてしまいます。ほんものの猫トムにいさんは、「それなら、きみはきみだけのものになればいい。ぼくみたいに。」と、ネリーを誘いますが、それが何を意味するかわからないネリーはおろおろするばかり。しびれを切らしたトムにいさんは、ネリーの頭と手足についている糸をはずし、麦わら帽子の中に座らせ、その帽子ごとネリーを連れ出します。「ひろいひろい外の世界」へ。

原題は“NELLIE A Cat on Her Own”。ナタリー・バビットといえば、臆病な主人公の少女と不老不死の少年の交流を語った『時をさまようタック』を思い出す方も多いでしょう。主人公が“意思”を獲得するという意味で、この短い作品と通じるところもあります。短くても、このお話が問いかける余意を確かめたくなるのは、ゆとりのある筋運びのせいかもしれません。お話と絵、両方をバビットが手がけています。

物語のクライマックスは、文字を排した見開きで踊る猫たちを描いた場面でしょう。思い思いのスタイルでダンスに興じる猫たちは、色と毛並みも様々。大勢で踊っているのに、そこに音の気配はなく、月夜の静謐(せいひつ)さが全体を統べています。猫は歩く際にも音をたてないのだと知っていても、この清閑さは神秘的で、つい見入ってしまいます。

けれども、以前、この本を小学生の子どもたちと読んだとき、彼らが印象的な場面として挙げたのは、この山場の前後のページだったことに少々驚きました。ひとつ前のページは、トムにいさんがネリーの手を取り、はじめてネリーを立たせる場面、ひとつ後のページは、ネリーが野原を見渡す木のうろに棲家(すみか)を構えた場面です。ふたつの場面に共通するのは、主人公の決意を描くページだということ。ネリーは、「あたらしい(持ち主になってくれる)おばあさん」を探すのではなく、ひとりで生きる道を選びます。とすれば、冒頭でネリーのあやつりの糸を外しながらトムにいさんが宣言した「これできみは自由の身だ。」の自由とは、限られた選択肢しか手にできなかった主人公が、誰にも邪魔されずに迷い、選び取ることにあったのだと思い至ります。

お話の初めと終わり、その両方に、ほかには何もない余白を背景にネリーひとりが描かれます。初めは、あやつり人形として糸に吊られて、終わりには両手を伸ばしダンスする気儘な姿で。ちょうどこのふたつの場面に橋をかけるようにこの物語はあったのだとわたしは感じます。少なくとも、「きみはきみだけのものになればいい」という言葉は、他者の行動にふいと依存してしまいそうになるわたしの心を突きました。短いお話の隙間に思いを巡らせるひとときも、書物が提(ひさ)ぐささやかな恵みのひとつです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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