ブックトーク

『元気なポケット人形』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

人形は大切な友だち『元気なポケット人形』

ルーマー・ゴッデン作/猪熊 葉子訳/アドリエンヌ・アダムズ絵/岩波書店/※版元品切れ重版未定

人形たちはもちろん話すことはできません。できるのは、ただねがうことだけです。
ある人たちだけがそのねがいをかんじとるのです。

主人公は、かたい瀬戸物でできた10センチほどの人形で、目は青、口は赤、頬はバラ色に塗ってあります。黄色い髪は、糊でしっかりと頭にくっつけられていて、ブルーのリボンが結ばれています。その人形にジェインと名付けたのは、最初に人形の持ち主となったエフィでした。まだロンドンの街にガス燈がつき、人々は馬車で移動していた時代です。ジェインは、馬や、空に舞い上がる羽子板の羽根や、兵隊が吹くラッパの音に憧れ、外出を願います。しかし、その声は、エフィに届きません。冷たくて居心地の悪いビーズのクッションに座らされたジェインは、人形の家に閉じ込められました。ジェインはさらに願います。「あたし、ポケットに入りたい、ポケットに、ポケットに」。

やがて、成長したエフィに替わって、エリザベスが人形の家の持ち主になり、裁縫の得意なエリザベスは、ジェインのために服とマフを縫うのですが、それはジェインのしてほしいことではありませんでした。エリザベスのあとはエセル、エセルが大きくなったらエレン……50年もの月日を、ジェインは様々な少女の手に渡りながら過ごします。人形の家を閉めっぱなしにしているエレンに向かってジェインは諦めずに願います。「あたしをだして」と。からだに「ひびが入りそうなくらい」強く強くジェインは願いましたが、エレンは何も感じません。ある日、そんなエレンの家へ、いとこの男の子、ギデオンがやってきます――。

作者ゴッデンが、自作の中で幾度も書いてきた“人形が願う”ということ。それは、受けとり手である私たち人間が、想像力によって、自分たち以外の――ここでは人形の――視点で周囲を見つめ直すことなのでしょう。確かにこれは人形のお話だけれど、私たちだって、すべてを言葉にできるわけではありません。だから、想像し、思いやります。その行為は、相手を尊重するとともに自身をも大切にできる豊かさを形成するのかもしれません。

ギデオンとそのポケットの住人となったジェインには、わくわくする日々が始まります。ギデオンは、(ポケットの中の)ジェインとともに、ブランコを漕ぎ、スケートを滑り、木にだって登りました。ジェインは、落ちないようにポケットのふちにしっかりつかまりながら、外の世界をのぞきます。ちっともこわくなんかなかったのです。やっと訪れた幸せな毎日に、ジェインは胸をときめかせます。

しかし、ギデオンは、エレンに何の断りも無く、ジェインをポケットに入れて連れてきてしまっていました。「ぼくはどろぼうなんだ」という呵責(かしゃく)が、ギデオンを苦しめ、ポケットのジェインを鉛のように冷たく重く感じるようになっていきます。また、年上の男の子たちから、人形を持っていることを痛烈にからかわれ、屈辱感にも苛(さいな)まれます。腕白な少年ギデオンの心の柔らかい部分、誠実で、センシティブな本当の気持ちが、このあたりの心の描写で丁寧に語られていきます。心をひとつにしたギデオンとジェインが、この難所を乗り切ってくれるよう読者はきっと祈るはずです。

心をひとつに、と私は書きましたが、ギデオンは、もうひとつの心――ジェインの心――を手にしたのでしょう。生まれては消えていく些細な感情が、ジェインの存在により、具体的に且つ多角的に語られる手法です。何が起きたかではなく、その出来事を登場人物たちがどう捉えたか、に重きを置いた物語。けれど、べたべたと甘い描写はいっさい見当たりません。むしろ、乾いた透明感を魅力に感じます。高い純度で人間を見る作者の眼差しが、作品を盤石に支えているのです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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