親と子の本棚

絵本の力わざ、ことばの手ごたえ

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

きょうは引っこし

『まちがいまちに ようこそ』より

絵本の最初のページには、青いオープンカーがカーブをまがったところが描かれている。

ああ なんて いい てんき
いよいよ きょうは おひっこしです
おとうさんと おかあさん いぬの ころと ぼく
これから あたらしく すむ まちは
「まちがい まち」って いうんだって!

これは、映画でいえばアバンタイトル(作品のタイトルが出る前に流れるシーン)で、ページをめくると、『まちがいまちに ようこそ』という題名が町の入口のアーチに書かれている。ページのすみには、「斉藤倫・うきまる さく 及川賢治 え」とも記されているのだ。青い車は、アーチをくぐる。
「ようし ついた」とおとうさんがいい、「まあ すてき いちめんの あなばたけ ね」とおかあさんが声をあげる。描かれているのは、花畑ではなくて、穴畑だ。トラクターが畑の穴につぎつぎと水をやっている。「へえ! きれいな あな を そだててるんだ」「まちがい まちって すごいなあ」――「ぼく」も、感心していう。
家族の車は、町中へ。「みんな いそがしそうに へいたいでんわ を かけてる」とおかあさんがいう。町の人たちが耳にあてているのは、バッキンガム宮殿の衛兵みたいなかたちの電話だ。
「おしゃれな ほたる だね りょこうの ひとも おおいんだな」とおとうさんがいう。高速道路の左側に見えるのは「HOTAL 源氏」、右側は「PRINCE HOTAL」だ。どちらの看板も、大きなホタルのかたちをしている。「ぴかぴか ひかって とっても きれい」――「ぼく」は、口を開けて見上げる。

カチッと火がついて

『まちがいまちに ようこそ』では、「まちがい」がそのまま絵として描かれる。古いアメリカの絵本のような絵が何ともおしゃれで、なつかしい。私たちは、ずいぶん自然に「まちがいまち」の世界になじんでいく。絵本の力わざを感じさせる作品だ。
もとした いづみ・やまぐち かおりの絵本『ないしょのオリンピック』も、力わざの絵本だ。これも、アバンタイトルが長い。「よる、かえってくるからね!」「いいこで まっててね」と2ひきのネコに声をかけて家族が出かける。すると、台所でレンジのスイッチがカチッと入り、ガス台に火がつく。「いま、だいどころで せいかが ともされました。ついに オリンピックが はじまります!」――サバ缶の上にのって実況をはじめたのは、1964年の東京オリンピックのときに誕生した、おしゃべり人形アナウンサー、聖火ランナーは、おとうさんが銀行でもらってきた人形のトーチくんだ。
トーチくんは、バースデーケーキのろうそくに火をともした聖火をかかげて、ページの左から右へ、調理台のミキサーやコショウの瓶や急須のわきを走っていく。トーチくんが走るのに合わせてページをめくると、つぎの見開きに、ようやくタイトルがあらわれる。『ないしょのオリンピック』。「オリンピックマーチに のって、せんしゅの にゅうじょうです!」――家のなかの、ありとあらゆるものがチームにわかれて行進する。「げんかん」チームの花瓶やスリッパたち、「キッチン」チームの食器たち、「こどもべや」チームのおもちゃや文房具たち、「リビング」チームのティッシュボックスやテレビのリモコンなどなどである。2ひきのネコは、座ぶとんの上で見物だ。
さまざまな競技も行われる。マラソンには、各チームの代表が出場する。テーブルの上では新体操が、ソファではトランポリンが行われる。おかあさんの指輪がつり輪になり、棒高跳びや走り幅跳びの砂場は台所の砂糖だ。おふろの浴槽では、高飛び込みや水球の試合が行われる。

カップめんにお湯を入れたら

『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』は、『まちがいまちに ようこそ』の作者のひとり、斉藤倫の別の作品。「きみがやってきたとき、ぼくは、おもわず、おう、っていった。」――1章「ことばのじゆう」の書き出しだ。「きみ」は小学生で、どんどん部屋にあがってくる。「ぼく」は、「おっさん」で、カップめんにお湯を入れたところだった。
先生に「ことばがなってない」といわれた「きみ」に、「ぼく」は、「ことばが、なってるやつなんて、どこにいる?」といって、詩を一つ読ませる。「あなたも笑ったし/僕も笑わなかった//のであった/のであったり/世界は何を待ってるか/と云う人がいて/何だかさっぱり分からない人もいて……」――藤富保男の「あの」という詩である。

今月ご紹介した本

『まちがいまちに ようこそ』
斉藤倫・うきまる さく、及川賢治 え
小峰書店、2019年
「まちがいまち」では、夏には「うにびらき」が、秋には「いぬほり」が行われる。
「ぼく」の「まちがいまち」での1年を描く。

『ないしょのオリンピック』
ぶん・もとした いづみ、え・やまぐち かおり
ほるぷ出版、2019年
ピンポーン! 競技の真っ最中にドアホンが鳴る。宅配便のおにいさんだった。
家族が帰ってくるまでの、ないしょの大祭典が展開する。

『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』
斉藤 倫、高野文子 画
福音館書店、2019年
「ぼく」をたずねてくる「きみ」との対話のなかで、いろいろな詩が紹介されていく全10章の読み物だ。詩のことばの手ごたえは、「きみ」と私たち読者にさまざまな気づきをあたえる。つぎは、二つめの章「いみなくない?」のおしまい。――「晴れた日と、雨のふらなかった日。それは、おなじことなんだろうか。ちがうのか。/そんな、ことばのなかだけにある、いちにちが、暮れようとしていた。」
4章「いみの、手まえで」には、「ききまちがいも、おもしろいね」「ひとは、もっと、ききまちがったほうがいい」というやりとりがあって、『まちがいまちに ようこそ』を思い出す。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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