親と子の本棚

ふたりの王様、ふたりの巨人

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

三という数字

『チンチラカと大男』より

 むかし、あるところに、まずしい三人の兄弟がすんでいました。
兄さんふたりはおとなしく、なまえすらしられていませんでしたが
ちえのまわる末っ子チンチラカのことは、町じゅうの人がしっていました。
 くらしは苦しかったので、ある日、兄弟は話しあいました。
「家でじっとしていても、だれもたすけちゃくれないよ。
しごとをさがしにいくとしよう」

片山ふえ・スズキコージの絵本『チンチラカと大男』の語り出しだ。チンチラカは、すぐに、その国の王様にやとわれる。チンチラカのうわさは、王様の耳にも届いていたらしい。王様がチンチラカにいう。――「めずらしい黄金のつぼをもっている大男がむこうの山にいるそうじゃ。そのつぼがほしい。とってまいれ」魔の山に住む大男は、人びとにとてもおそれられていた。しばらく考えていたチンチラカは、こういう。――「では、王さま、ドリルとシャベルをかしてください。あとはなんとかしてみましょう」チンチラカは、まんまと大男の黄金のつぼを盗み出す。「チンチラカは、なんと役に立つやつじゃ」とよろこんだ王様は、第二、第三の命令を下す。
作者の「あとがき」によれば、これは、2015年まで日本では「グルジア」と呼ばれていた「ジョージア」の昔話だ。チンチラカは、「とんちのきく若者」というキャラクターだとも書かれている。ジョージアは、南はトルコ、北はロシア、西は黒海にはさまれた国で、国土のほとんどが山岳地帯だという。
どこの国の昔話でも、「三という数字が支配的なのである。」――これは、スイスの口承文芸学者マックス・リュティ『ヨーロッパの昔話 その形と本質』(1947年/小澤俊夫訳、岩波文庫、2017年)に書き込まれた意見だけれど、『チンチラカと大男』も例外ではない。チンチラカは、三人兄弟の末っ子だし、王様は、チンチラカにとんでもない課題を三つあたえるのだ。チンチラカは、この三つの課題に、どんなふうにこたえていくのだろう。

もうひとりの巨人

『チンチラカと大男』の力強い絵はスズキコージだが、スズキコージは、もうひとりの巨人を描いている。サカリアス・トペリウス原作、スズキコージ文・絵の『氷の巨人 コーリン』だ。
「気がとおくなるような その昔 はるか北の ヨートゥンヘイムという村に 「氷の巨人」とよばれる人びとが 住んでいました。」――絵本は、とびらにある、このことばではじまる。ところが、あるとき、雷の神トロールと氷の巨人たちの壮絶なたたかいがあり、生きのこった氷の巨人はひとりだけ、名前はコーリンだ。
コーリンは、北の岬の氷山にかくれ住んでいる。年は、3000~4000歳。あちこちの村の衆が「背の高さは1キロメートル、頭の悪さは6キロメートル」といっていたように、背が高くて、ちょっとまぬけだ。
いつも氷山のなかで寝ているコーリンは、100年に一度、目をさます。ある年、クリスマスの前に目をさまして、「おい、今は、いったい、いつだい?」とコーリンがたずねると、ずるがしこい召使いのデビルキンが「この世の終わりに、また100年近づきました。」とこたえる。「ちょいと ヨートゥンヘイムを ぶらぶら歩いてみるかな。」と、コーリンは、長ぐつをはく。「人間ってやつは、だんだん頭が悪くなる。100年たって、どれくらい 頭が悪くなったか、見てみようじゃないか。」といって出かけるのだが、コーリンの散歩はどうなるのか。何しろ、コーリンの長ぐつは一歩で70キロメートル進んでしまう。ひとまたぎ、ふたまたぎで、もうラップランドのラステカイス山に着いてしまった。

もうひとりは、なまけものの王様

『チンチラカと大男』の王様は、つぎつぎと無理難題をチンチラカにふっかけるけれど、ミラ・ローべ『なまけものの王さまとかしこい王女のお話』の王様は、ちょっと、ようすがちがう。王様はナニモセン五世、とても太っていて、その名のとおりに何もしない。朝は10時ごろにようやく起きて、朝食はベッドで。11時ごろ、召使いに服を着せてもらって、玉座まではこんでもらう。30分ほど国の仕事をすると、もう疲れてしまう。
なまけものであることが王家の伝統なのに、王女のピンピは、一日中、お城のなかを走りまわっている。そして、王様がお城のことをかまわないから、たくさんの家来たちがやりたい放題をしていることも知っていた。だから、朝8時になると、かならず王様の寝室に行ってさけぶのだ。――「パパ、おはよう。お日さまのようすはどんなだか、あててみて。」王様は、壁のほうに寝返りをうって、半分寝たままなのだけれど。

今月ご紹介した本

『チンチラカと大男』
片山ふえ☆文、スズキコージ☆絵
BL出版、2019年
「あとがき」には、このようにも書かれている。――「このおはなしにでてくる大男は、ジョージアで「デフ」とよばれている鬼で、魔の山にすんで人間を苦しめる存在として、むかしばなしによく登場します。人々は自然の恐怖にうちかつために、デフをこらしめるおはなしをつくって語りついだのでしょう。デフのすむ魔の山のふもとには川がながれていて、そこが人間のすむ世界との境界です。」

『氷の巨人 コーリン』
サカリアス・トぺリウス 原作、スズキコージ 文・絵
集英社、2014年
コーリンは、小さな村の近くで、そりすべりをしている人間の子どものひとりと、なぞなぞで対決することになる。
原作のトペリウスは、「フィンランドのアンデルセン」と呼ばれる作家だ。

『なまけものの王さまとかしこい王女のお話』
ミラ・ローべ 作、ズージ・ヴァイゲル 絵、佐々木 田鶴子 訳
徳間書店、2001年
やがて、王様は、病気になる。なまけものの王様の「王さま病」だ。王女は、薬をさがしに行くが、森で出会った羊飼いのおじいさんが病気の治し方を教えてくれる。――「一つめのなおしかた。なんでもじぶんでやること。だれにも手伝ってもらわない。」……
昔話のかたちを借りた、オーストリアの創作児童文学。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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