ブックトーク

『ひよことあひるのこ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

巧みな構成が光るショートストーリー『ひよことあひるのこ』

ミラ・ギンズバーグ文/ホセ・アルエーゴ エーリアン・アルエーゴ 絵/さとうとしお訳/アリス館/※版元品切れ

お話が始まる前の扉に、題名とともに描かれためんどりと雌のあひる。ふてくされたような表情でこちらを見ています。二羽の頭上には、蝶(ちょう)がひらひらと舞い、気を引かれた二羽は、蝶を追いかけていきました。去っていった二羽のあとに残されたのは二つのたまごです。さあ、ここが物語の始まり。片方のたまごからオレンジ色のくちばしが出て……。

あひるのこが たまごから でてきて
いいました。「ぼく でたぞ!」
ひよこも いいました。「ぼくも」
「ぼく さんぽに いこう」と
あひるのこが いうと、
「ぼくも」と ひよこも
いいました。

ほんの僅かに早く世の中に出た「あひるのこ」のすることすべてをまねる「ひよこ」。「あひるのこ」が散歩に行けば、「ぼくも」と掛け声高らかに「ひよこ」はその後をついて行くし、「あひるのこ」がみみずを見つければ、やはり「ぼくも」とひよこが続く。そんなやりとりを幾度か反復した後、「あひるのこ」は池を見つけました……。

会心のプロローグから、ぎゅっと心をつかまれます。産み落とした卵なんかほったらかしで蝶を追うことに興じる『ひよことあひるのこ』の母親たちも、置き去りにされた卵から自力でかえる主人公たちも、エキセントリックなのに素朴で、とにかく陽気です。始まればあっという間に終わってしまう短いお話を、楽しく生き生きした作品にしているのは、やはり、なんといってもアルエーゴの絵でしょう。この画家特有の“白目がち”な瞳は、主人公たちの小さな点でしかない黒目の位置で、微妙な表情をつくりあげます。ひょうきんな顔つきで、年上のあひる(ほんの一瞬先に生れただけですが)の行動をじっと見つめたあと、喜び勇んで同じことに挑戦するひよこ。あひるは、そんなひよこを“白目がち”な横目で確認すると、すぐに次の新しい遊びを見つけて駆け出します。あひるのこの目を楕円形、ひよこの目をまんまるくしているのも、ちょっとした性格の違いを軽妙に描き分けているのかもしれません。

余白を存分にいかした背景は、シンプルなだけに、登場人物の輪郭を鮮やかに際立たせます。華やかに咲き誇る花々、ピンクや薄紫の蝶々の大群は、暖色系で愛らしくありながら、全体で見るとどこかシュールです。そのアンバランスさも、あけっぴろげで爽快なエネルギーを感じさせます。

お話の単純さから言えば、就学前の、絵本を読み始めたばかりの子どもたちに好まれそうですが、私が出会った小学生たちにも繰り返し読まれていました。筋がテンポよく進み、センチメンタルな展開はみじんもなく、最後はクスリと笑いを誘う――そのひとなつっこさが、結末を既に知っている読者をも、二度三度と物語へ向かわせるのでしょう。「あひるのこ」に追従する「ひよこ」の健気さを、自身に投影する読者もいるかもしれません。年上の兄姉やお友だちの仲間に入れてもらえるだけで、ふつふつと喜びがこみあげてくる、あの感じです。作者は、子どものことをよく知っている人なのでしょう。からりとした気楽さと巧みな構成が同居した一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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