親と子の本棚

時空をこえるウサギ

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

夜の地下鉄

『イナバさん!』より

野見山響子『イナバさん!』には、三つの話がおさめられている。イナバさんは、白ウサギだ。
第一話は「イナバさんは、忘れ物が多い」。夜。地下鉄のウサギマチ駅に降りたイナバさんは、上着のポケットから定期券を取り出そうとする。

「あれっ、ない」
今日はカバンのポケットに入れたんだっけ? まごついてたしかめようとしたイナバさんの背中に、いやな汗がふきだしました。
「な、ない。ぼく、何も持ってない」
いつも仕事にいくときに背負っているカバンがありません。イナバさんの背中は、空っぽでした。
「たいへん。電車に、置いてきちゃったんだ」

イナバさんは、忘れ物が多い。今回も、駅の窓口で遺失物届を出そうとして、思い直し、終点のモズカワ駅まで行ってみることにする。うまくいけば、そこで、忘れ物を受け取ることができる。
イナバさんは、ホームにもどって、ちょうど入線した電車にのり込む。ところが、車両には、だれものっていない。むかいの席には、ショッピングモールのロゴの入った、底の広い紙袋が一つ置かれている。「忘れ物かなあ?」それだけではなく、イナバさんが気がつくたびに、車両のなかに物がふえていく。網棚の上の花束、座席の手すりの銀色のパイプにかかった傘、イナバさんの目の前をゴロゴロと通過するスーツケース……、もっともっとふえていく。やがて、雑音まじりのアナウンスが聞こえてくる。――「本日は、遺失物専用列車をご利用いただき、まことにありがとうございます。」

神話の時代から

遺失物専用列車は遺失物保管庫にむかい、イナバさんは、たいへんな目にあう。ようやく助け出されたイナバさんに、係のマキネ氏がいう。――「忘れ物の多い人って、迷いこみやすいんですよ」

「たとえば、ここみたいな、時間と空間をひねってある『結び目』とか、『裏側』とか……『向こう側』とか。ほんらいかくされている場所に、なぜだか縁のあるひとって、いるんですけどね。身におぼえ、ありませんか。あなたよく、道に迷うでしょ。そんなつもりはないのに、立ち入り禁止の場所に入って怒られるとか」

イナバさんが迷い込んだ遺失物専用列車も、「表向き、存在しない線路」を走っているというのだ。
そのイナバさんだが、神話の時代から、地下鉄の走る現代にまぎれ込んできたのではないか。イナバさんは、小学2年生の国語の教科書にも出てくる、あの「いなばの白うさぎ」ではないか。もともとは、『古事記』の「稲羽之素兎」だ。
斉藤洋『古事記―日本のはじまり―』にも、「稲羽のシロウサギ」の章がある。サメたちをだまして、海をわたろうとして、おしまいにはサメに皮をはがれてしまった白ウサギをオオナムジ(大国主神)が助ける話だ。ただ、『古事記』をずっと読んでいくと、のちに出雲大社の祭神になるオオナムジがさまざまな試練をこえていく物語の一つのエピソードであることがわかる。

鏡の前で緊張する

ウサギの話をもう一つ。
浜田広介、バーサンスレン・ボロルマーの絵本『うさぎの みみしばり』の山のウサギが町の床屋にやってくる。――「おねがいします。ちょきちょきを」床屋の主人は、ろばのおじさんだ。
白い布をかけられて、はさみの音がしはじめると、鏡のなかのウサギの二つの耳がぴくつきはじめる。――「これは、いけない」

 うさぎは、みみに ぐっと ちからを いれました。
けれども、ききめが ありません。
ちょっきん ちょっきん、
はさみの おとがするたびに、
みぎと ひだりの みみが てんでに ぴくぴくしました。

ウサギは、とうとう、ろばのおじさんに、あることをお願いする。

今月ご紹介した本

『イナバさん!』
野見山響子
理論社、2019年
第二話「夜のカフェテラス」でも、第三話「イナバさん、影を追いかける」でも、イナバさんは、時空をこえる冒険をする。
イラストレーターである作者がはじめて文と絵の両方を手がけた本だ。

『古事記―日本のはじまり―』
斉藤 洋/文、高畠 純/絵
講談社、2018年
「イザナギとイザナミの国づくり」から「国ゆずり」までの13の章で構成されている。
時に語り手が『古事記』の神々への疑問を述べながら、批評的に語るのがおもしろい。

『うさぎの みみしばり』
浜田広介/作、バーサンスレン・ボロルマー/絵
鈴木出版、2019年
「うさぎは、いすの まんなかに こしを とっぷり おろしました。おじさんは、うさぎの からだに きれを ふわりと かけました。」――幼い子どもに語りかける「ひろすけ童話」の語り口が楽しい。
バーサンスレン・ボロルマーは、モンゴルの絵本画家。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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