親と子の本棚

はるか遠くから帰った者

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

本を読む本

『わたしたちのえほん』より

南谷佳世・大畑いくのの絵本『わたしたちのえほん』の表紙には、大きな金色のりんごの実を食べている少女が描かれている。表紙をめくると、とびらには、本をもって、ママにかけよる男の子の絵。――「ママ よんで」「また? りく これ すきだね」
とびらを開けると、本をもったママの手と、ママの腕のなかにいる、りくが描かれている。りくは、少しこちらを向いているが、りくのまなざしの先には、ママの顔があるのだろう。「ママもね このえほん すきだったよ こどものころ。」――ママが、りくに本を読み聞かせる。
ページをめくると、つぎの見開きからは、ママが読む絵本の絵があり、文も記される。絵本は、『ラミラとりんごの木』だ。――「むかし、東のほうに、小さな国が ありました。/王と女王は 力を あわせて 国を おさめ、ひとびとは よく はたらき、みんな たのしく くらしていました。」
絵本の物語の主人公は、王のひとり娘のラミラだ。明るい瞳と、よくとおる声をもつ。
ラミラが10歳になるころ、大雨のあとに日照りがつづき、国は、荒れはてる。王と女王は、ラミラを呼ぶ。

「かわいいラミラ。おまえに たのみが あります。
 西へ 西へいくと、大きな りんごの木が たっています。
 木に おねがいして、その実を ひとつ もらうのです」と、
 女王は いいました。
「その実を うえたなら、たちどころに りんごが なって、わが国は すくわれる。
 民のために つくすのが われらのつとめ」と、
 王は いいました。

おどろいたラミラは、泣きそうになるけれど、女王は、ラミラをだきしめて、「なきたくなったら、うたいなさい。できるだけ、いつも えがおでね」という。ラミラは、旅に出る。
この場面のページのはしに、読んでいる絵本とは別の書体で、こう書き込まれている。――「ラミラ えらいね、ママ」「そうだね、ゆうかんだね。じょおうさまも」『わたしたちのえほん』は、『ラミラとりんごの木』を読む、りくとママを描いた絵本なのだ。そして、『わたしたちのえほん』も、りくとママのような親子に読まれるにちがいない。

本のなかの本

ジュリアン・ベールシモン・バイイの絵本『ほんのなかのほんのなかのほん』のトムくんは、パパとママといっしょに海へ出かける。――「なんて いいてんき!/そらは あおく すんで おでかけびより。」トムくんは、この日を楽しみにしていたのだ。昼ごはんのあと、パパとママは砂浜で昼寝してしまうけれど、トムくんは、ひとりで探検に行く。浜辺を歩きまわっているうちに、やがて、日が暮れてくる。――「あ、ぼくも かえらなくちゃ」でも、いま、どこにいるのかわからない。迷子になったのだろうか。――「そのときです。トムくんは ふと ほんが いっさつ おちていることに きづきました。/そして ひらいて みたのです。」
本のなかに一まわり小さい、もう1冊が綴じ込まれている。タイトルは、『ほんのなかのほんのなかのほん』だ。トムくんといっしょに開いてみると……。
「なんて いいてんき!/そらは あおく すんで おでかけびより。」――この本に出てくるのもトムくんで、パパとママといっしょに雪山へ出かける。トムくんは、やっぱり、ひとりで探検に行って、迷子になり、やっぱり、落ちていた本を開く。

もう水が冷たい川

「トムく~ん、どこにいるの?」――夕暮れの浜辺で、パパとママがトムくんを見つける。トムくんは、本のなかの本のなかの本の世界から帰ったのだ。
遠くから帰ってきたのは、トムくんだけではない。『わたしたちのえほん』で、りくが読んでもらった『ラミラとりんごの木』のラミラも、西へ西へと旅をして、金色のりんごを一つ持ち帰る。
りんごではなく、大きな柿の実を賞品にして、だれが一番長く川に入っていられるかという競争をやった翌日から、兵太郎君が学校に来ない。もう水が冷たい季節の川に兵太郎君が一番あとまで浸かっていたのに、柿は、先に食べられてしまった。兵太郎君は、何か月もすがたを見せない。あの川のことで、兵太郎君は、病気になって、死んでしまったのか。いっしょに川に入った久助君は、ふさぎこむようになる。
新美南吉の童話「川」だ。つぎの年の初夏になって、兵太郎君は、ようやく帰ってくるのだが……。

今月ご紹介した本

『わたしたちのえほん』
南谷佳世文、大畑いくの絵
文溪堂、2020年
りくとママが読む絵本『ラミラとりんごの木』は、「ミナミナ・カヨポンメム ぶん イグノウ オー ハッタン え」だという。りくは、「くくっ へーんな なまえ」というけれど、何だか、『わたしたちのえほん』の作者や画家の名前に似ているようだ。

『ほんのなかのほんのなかのほん』
ジュリアン・ベール さく、シモン・バイイ え、木坂 涼 やく
くもん出版、2019年
「訳者のことば」には、こう書かれている。――「この絵本は「本」そのものの不思議を描こうとしたのかしらん、とも思えました。たとえば、ある人が海辺で本を読んでいたとする。(中略)でも、読んでいる本がもし都会に生きる主人公を描いたものだったら。その人の心は海にはいない。読書体験というのは、そこに居ながらにして違う世界を過ごし、生きる。心が重層的に増える。」

新美南吉童話傑作選
『花をうめる』

新美南吉の会・編、杉浦範茂絵
小峰書店、2004年
「川」は、1940年12月発行の雑誌『新児童文化』に発表された。
『花をうめる』は、新美南吉の「久助君の話」「川」など6編の童話と詩・童謡、短歌・俳句を収録した1冊。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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