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『はたらくうまのハンバートとロンドン市長さんのはなし』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

質実に働く馬と男たち『はたらくうまのハンバートとロンドン市長さんのはなし』

ジョン・バーニンガム 作・絵/神宮 輝夫 訳/童話館出版/本体価格1,500円(税別)

1963年に『ボルカ』でデビューした英国の作家バーニンガムは、1964年に『バラライカねずみのトラブロフ』、1965年に『はたらくうまのハンバート』、そして、1966年に『ずどんといっぱつ すていぬシンプだいかつやく』と相次いで作品を発表しています。この四作には、情緒豊かなこの作家特有の純朴なやさしさが感じられます。物語全体に漂う哀愁は、しかし、感傷とはほど遠く、ゆったりとあたたかいのが特長です。

ハンバートは、くず鉄あつめのファーキンさんの荷車をひく馬です。首や脚が太く、大柄ではありませんがたくましくむっちりしています。馬のハンバート、その主人であるファーキンさん、二人がいつも伏し目がちなのは、物静かな雰囲気を表しているのでしょう。目立たない下積みの仕事で生計をたてる実直なひとりと一頭です。車の多い通りを嫌がるハンバートのために、ファーキンさんが静かな通りを選んで仕事に励む様子や、植木や花の荷車をひく馬がハンバートの友だちであること、時折、ハンバートが大好きなりんごを子どもたちからもらえること。彼らの慎ましくも穏やかな生活が、数ページにわたって淡々と語られていきます。しかし、ある日、ビール工場の馬たちから、明日のパレードでロンドン市長を乗せた金色の馬車をひくことを聞かされたハンバートは、ショックを受けるとともに落胆します。「世のなかって、ほんとうにふこうへいだとおもって」夜も眠れなかったのです。そんな気持ちのまま、翌日、ファーキンさんと町を周っていたハンバートは、市長さんのパレードを祝う行列に出くわすのでしたが……。

人ごみをかき分けるように長い鼻づらを前に突き出すハンバートの表情にはぜひ注目したいところです。物語中、これほどにぱっちりと瞳を開いているハンバートはどこにも見当たりません。いいなあ、うらやましいなあ、という無邪気な羨望が雄弁に描かれています。もちろん、手綱を握るファーキンさんは、ハンバートを引き留めようと必死です。

冒頭で、1960年代につくられたバーニンガムの絵本の魅力について記しましたが、これらの四作に共通する絵の特出した豪胆さにも触れないわけにはいきません。濃密な色の重なりで、独創的な物語舞台を演出しています。たとえば、やまぶき色の夜空に菜の花みたいな黄色の三日月、パレードでは、背景が華やかなローズピンクに塗られ、市長さんを囲む宴会の場面では、深いグリーンが厳かで落ち着いたムードをつくり出しています。ハンバートとファーキンさんにとって、どんなに晴れがましくスペシャルな晩餐だったか、読者にもきっと伝わるでしょう。また、ページをめくるごとに変化する構図の伸びやかな心地好さ。クローズアップも俯瞰も自在に使い分けながら、パワフルな馬の美しさや古いロンドンの町並みが、奔放な太い輪郭線でしっとりと描かれます。

思わぬアクシデントが弾みとなって、念願のひのき舞台へ飛びだすハンバート。お話の終わりで語られる言葉には、この作者のひたむきな良心がにじみます。主人公の幸福を少しも疑わずに本を閉じられる私たち読者なのですから。

(市長さんは、)ハンバートが年をとって、はたらけなくなったら、いなかで のんびりくらせるようにも、してくれました。それは、はたらく馬たちみんなの ねがいでした。―中略―
いまでも、ロンドンの町の人たちは、いらなくなった金ものを、あつめてまわるハンバートとファーキンさんをみかけると、
「やぁ、ロンドン市長さんを、市役所にはこんだ馬がきたぞ。ほら、あのはなし、おぼえてるだろ?」と、うわさしています。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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