親と子の本棚

知恵でたたかうこと、たたかいたくないこと

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

靴職人の男の子

『クラクフのりゅう』より

アンヴィル奈宝子の絵本『クラクフのりゅう』のとびらには、穴のなかにうずくまっている小さな竜がいる。――「クラクフにある おしろのちかには、くらくて おおきな ほらあながあり、いつのころからか いっぴきのりゅうが すむようになりました。」これは、ポーランドの昔話をもとにした絵本だ。
とびらを開けると、大きな竜が見開きいっぱいに描かれている。

 はじめは ちいさかったりゅうも、なんねんか たつと だんだん おおきくなり、ちかごろでは ひつじかいの ひつじのむれを おそっては、5、6ぴき ペロリ ペロリと まるのみにしてしまうまでに なりました。

城のまわりに住む人たちは、心配でならない。――「このままでは どうぶつも ひとも、まちが まるごと たべられてしまう」人びとに助けをもとめられた王様も、何とかしなければならないと考えるのだが、どうしたらよいのだろう。その王様の手をぎゅっとにぎって、王女様がいう。――「りゅうを たいじしたものは、おうじょと けっこんできる、と おふれを だしましょう。きっと りゅうを たいじしてくれるものが あらわれるでしょう。」
よろいを着て、長い剣をもち、馬にまたがった100人の強そうな男たちが集まったけれど、おなかをすかせた大きな竜が地響きを立ててあらわれると、おそろしくて、にげ出してしまう。そのようすを城の窓から見ていた男の子がいた。城のなかで王様の靴をつくっている職人のドゥラテフカだ。――「ぼくは、ただの くつしょくにんだけど、あたまは いいぞ。この だいもんだいを かいけつしてやる。」
これは、少し変わった竜退治の物語だ。竜退治といえば、よろいの騎士たちの仕事で、靴職人の男の子のすることではないからである。そして、男の子は、剣ではなく、知恵でたたかう。

竜退治が成り立たない

これは、ドゥラテフカとはまた別の男の子の話だ。

 ある日、男の子が村へいくと、村人たちが、道のりょうわきにずらりとならび、おしあいへしあいしながら、にぎやかにしゃべっていました。
 男の子は、友だちをみつけてたずねました。
「いったい、なにがあるんだい?」
「とうとう、きてくれるんだって」
「だれがさ?」
「りゅうたいじの騎士、聖ジョージにきまってるだろ。いよいよ、すごいたたかいがみられるぞ!」

インガ・ムーアが挿絵を描いたケネス・グレアム『のんきなりゅう』の一節だ。村人たちは、竜退治の騎士を待ちのぞんでいる。騎士(ナイト)とは、武器をもつことを許された青年のことで、竜退治の騎士のことも、ヨーロッパの古い物語に書かれている。たとえば、イギリス最古の叙事詩『ベーオウルフ』だ。ベーオウルフは騎士で、王にもなるが、年老いてから、炎を吐く竜とたたかう。
『のんきなりゅう』の聖ジョージも、金色に輝くよろいと羽根かざりの付いたかぶとの立派な騎士だった。村人たちの歓迎にこたえて、力強くいう。――「もうなにも案ずるな。かならずや、にくき敵からすくってやろう」
男の子は、あわてて丘に住む竜のところへ向かう。男の子は、ひつじかいの夫婦のむすこで、竜とは仲良しだったのだ。竜は、草地にねそべって、男の子に大昔の物語や、前につくった古い詩を聞かせてくれた。男の子が聖ジョージがやってきたことを知らせても、竜は、「ぼくは、うまれてこのかた、だれとも、たたかったことがないし、これからだって、たたかうつもりはない」という。
これも、変わった竜退治の物語である。竜にたたかうつもりがないなら、そもそも、竜退治が成り立たないではないか。

もう一つのポーランドの物語

『クラクフのりゅう』のクラクフは、17世紀のはじめまでポーランド王国の首都だった。
『ちいさな はなよめぎょうれつ』は、19世紀のポーランドの女流作家・詩人、ナルツィザ・ジミホフスカの作品をもとにした絵本だ。――「これは、あなたの ひいおばあさんの おねえさんが、わかかったときの はなしです。」あるとき、おねえさんは、家族みんなが教会のミサに行くのに、ひとりで家に残っていたことがあった。頭がいたかったのだ。少しねむって、目をあけると、枕元に小さな小さな人がいた。金のぬいとりをしたビロードにレースをあしらった服の人は、うやうやしく、おじぎをして、いった。――「このへやを、わたくしの いもうとが 馬車で とおるのを おゆるしいただけないでしょうか?」

今月ご紹介した本

『クラクフのりゅう』
アンヴィル奈宝子
偕成社、2020年
ドゥラテフカは、いつもは靴をつくる道具で、王様のひつじの毛皮の古いコートを切ったり、ぬったりして、ひつじの形をこしらえる。王様に「いまから ぼくは りゅうたいじに いってきます。」とことわると、竜のいる洞穴の入口に、にせもののひつじを置いて、大きな声でいう。――「りゅうさま、りゅうさま。おやつのじかんで ございます。」にせもののひつじには、ある仕掛けがしてあるのだ。

『のんきなりゅう』
ケネス・グレアム 作、インガ・ムーア 絵、中川千尋 訳
徳間書店、2006年
こまった男の子は、今度は、聖ジョージに相談に行く。男の子が「いっしょにりゅうのところへいって、話しあってみませんか。」というと、聖ジョージは、「それもかなり異例のことだな。だが、この場合、そうするのがいちばんだろう」という。竜退治は、行われるのだろうか。
『のんきなりゅう』と訳されたけれど、原題は“The Reluctant Dragon”で、『気が進まないりゅう』ということか。竜が気が進まないのは、もちろん、騎士とのたたかいだ。

『ちいさな はなよめぎょうれつ』
ナルツィザ・ジミホフスカ 作、足達和子 訳、布川愛子 絵
偕成社、2019年
小さな小さな人は、「床下の、教会につづく道が、雨で ぬかるんでいるのです。いもうとは きょう、庭の あずまやの王子と けっこんしきを あげるのですが、……」とつづける。その人は、目がさめるような美男だった。
原作は、美しい、古いポーランド語で書かれ、いまのポーランド人には、もう読めない文章だという。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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