ブックトーク

『りんごのき』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

出会いの本 『りんごのき』

エドアルド・ペチシカ 文/ヘレナ・ズマトリーコバー 絵/うちだ りさこ 訳/福音館書店/900円(本体価格)

表紙やデザイン、題名や中の挿絵など、子どもたちが本を選ぶ基準はさまざまです。慎重に吟味するのは、持ち帰って読んだとき“がっかり”したくないからで、その作業は、判別というより嗅ぎとっているとでも言いたくなるほど原始的に見えます。ある程度の読書体験を積んできた子どもたちにとって、文字が多いとか少ないとか、本が厚いか薄いかなどというのは、ほとんど問題になりません。その一冊が、生きることの楽しさや不思議さを体感させてくれるのなら。既知であるはずの現実だって、ときに“おもしろいなあ!”ともう一度心に触れてくるかもしれないのです。

一方、大人の鈍さというか、高を括った本の見方をしている自分にハッとするのは、「○歳向き」「○年生以上」といった、本に記された対象年齢を念頭に本を選んでいるのを自覚したときです。「悪くないけれど……」ぐらいに思っていた本が、何年経っても子どもたちのお気に入りの一冊として、特別好きな本のなかに入っていることを、否応なく受容するはめになります。18センチ四方という小ささも手伝って、どうしたって本棚の隅に追いやられてしまうこの小さな絵本も、繰り返し新しい読者によって見出される息の長い一冊なのです。

『りんごのき』は、1954年チェコスロバキアで出版されました。同じくチェコ出身の作家チャペック兄弟や、ヨセフ・ラダが描く、人懐こい民芸品のような温かみのある表紙です。本を開けば、中間色で描いた絵が生き生きとして明るく、親しみを感じるでしょう。

最初の場面で、りんごの木は、雪の上にささった味気ない棒きれのようです。子どもの背丈ほどのこの木が、ある一家にはぐくまれ実るまでの一年を順々に追います。語りはあっさりとしていて過剰な演出とも無縁です。しかし、ページをめくっていけば、画面に凝らされたある工夫が見えてきます。りんごの木の背景が、家になったり麦畑になったり森になったり、と変化するのです。その答えは裏表紙に目を向ければすぐにわかります。りんごの木を東西南北四つの方角から描いているというわけです。単純なことほどごまかしが効かない――故に、情緒的な表現に頼らないこの作品を幼い人たちが信用するのも納得です。筋だけを追えば起伏に乏しいお話であっても、自然の営みとともにある一家の暮らしに安心を覚えるのかもしれません。りんごの木を通して描かれる四季の豊かさは、素朴な喜びで読者の気持ちを浮き立たせます。

小さな男の子マルチンも、りんごの木とともに成長しました。季節ごとに変化を見せる自然はもちろん、りんごの木を健やかに育てるための知恵だって学んだのです。マルチンは、この本の幼い読者そのものと言えるでしょう。独自のフォーカスで現実を探求する眼差しを、些細な物語から得られるかもしれないのですから。発見への扉は随所にあります。あくせくしないで悠々と、飾り気なくシンプルに語られるから、そこに扉が潜むのです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

「国語専科教室」講師。子どもたちの作文、読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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