ブックトーク

『見習い物語(上)(下)』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

18世紀のロンドン 徒弟制度の物語『見習い物語(上)(下)』

上・下 レオン・ガーフィールド 作/斉藤 健一 訳/岩波書店/本体価格720円(税別)

舞台は18世紀、ロンドンの下町。12の短編の主人公は全て、若き「徒弟」たちです。「徒弟制度」については、巻頭で作者がわかりやすく解説していますが、「徒弟」として見習いに出された子どもたちは、7年間親方の家に住み込み、雑用のかたわら親方の仕事を学んでいくことになります。無事7年間勤めあげると、見習いだった「徒弟」は職人になります。しかし、それも、給料をもらえるようになるだけで、親方の下で働かされることには変わりありません。よほどの運に恵まれない限り、独立など夢のまた夢。悲しいことに、奴隷のようにこきつかわれて若い命を散らしていった見習いたちも多かったといいます。

“ギルド(同業者組合)と統合し広がった手工業者・・・・を主とした制度”というのが、これまでわたしが理解していた「徒弟制度」でしたが、ここに紹介される職業の何と賑々(にぎにぎ)しいこと! 点灯夫(街灯の油にたいまつで火をつける仕事)や質屋、そして葬儀屋や産婆、もちろん鏡職人や革職人といったお馴染みの加工業に従事する見習いもいますが、みな、自身の将来を信じて努力を惜しまない颯爽(さっそう)たる若者たちです。職業は違っているとはいうものの、同じ「見習い」の少年少女を主人公に、これだけ多彩な短編が書けるとは本当にみごととしか言えません。作者レオン・ガーフィールドは、長編作品の多いイギリスを代表する作家ですが、もっとたくさん邦訳が出ていてもいいのに……と今回改めて思ったしだいです。

最初のお話「点灯夫の葬式」は、亡くなった仲間の棺を担いだ点灯夫たちの葬列が町を進んでいく場面から始まります。「白っぽい格好をした大勢の男たち」は、皆たいまつをかかげ、たいまつからは煙がもくもくと立ち上っています。暗く寒い10月の夜。燻(くすぶ)った通りを、火を手にした男たちが横切って行く光景は、想像すると何ともグロテスクで凄みがあります。まるでこの目で見ているかのような強い印象は、作家の図抜けた描写力から生まれるのでしょう。1話めの冒頭で、わたしはこの物語に重厚な手応えを感じたのでした。点灯夫の一人が無垢(むく)な少年と出会い、やがて物語は走り出しますが、その展開も意表を突くもので、最後まで気を抜けません。

次の「鏡よ,鏡」は、呪文じみた題名のとおり、緊張を孕(はら)んだサスペンス仕立てですし、「ロージー・スターリング」は、みごとな金髪をなびかせる美しい盲目の娘と、かつら用の髪を商う見習いの青年との恋模様を描く甘美な短編です。それぞれのお話で主人公だった少年少女たちが、ほかの短編にちらりと登場する場面もあって、この12話が、まぎれもなく、一つの町で懸命に生きる庶民の生活を語ったものだと納得します。

当時のロンドンは、商業が栄え活気がある一方で、不衛生なため伝染病が蔓延(まんえん)し、生まれた赤ちゃんの6割が5歳までには死んでしまったといいます。この短編集でも、そんな過酷な時代背景は垣間見えますが、その只中(ただなか)にあって、見習いの若者たちは自らの仕事に誇りをもち威勢よく生きているのです。そして、親方やおかみさんをはじめとした彼らを取り巻く人たちもさまざまな個性で書き分けられ、一筋縄ではいかない人間というもの――そのミスティックでときに滑稽な――をあぶり出します。ハラハラさせられても、その巧みな描写と思いがけないなりゆきに惹(ひ)きつけられるまま読み進んでいくと、笑みがこぼれるあざやかな結末が待っているのです。

12話はそのまま12カ月、つまり全編を通して、この町の1年間の様子を知ることもできます。そんな構成の工夫も心憎い、まさに読書欲を刺激される2冊(上下巻)です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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