ブックトーク

『秘密の花園』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

心を丈夫にしてくれる古典『秘密の花園』

F・H・バーネット 作/猪熊 葉子 訳/堀内 誠一 画/福音館書店/本体価格2,100円(税別)

1911年に英国で出版されたこの物語は、「古典名作」として幾世代もの子どもたちに読み継がれてきました。今春、再読の機会を得たわたしは、“幼い頃に読んでいる”という記憶の焦点さえ定まらなくなるほど、各場面に胸を躍らせたのです。「古典」とは、読み手が今どのように生きているのかをまっすぐに照射するのかもしれません。長く残っているから「古典名作」なのではなく、その本当の価値は、作品誕生から50年経とうが100年経とうが、普遍的な規範を示し続けてくれることにあるのでしょう。
『小公子』や『小公女』をはじめとするバーネットの作品は、様々な訳者により紹介され、映像化もされていますので、一度も手にしたことがないという方は少ないのではないでしょうか。お話の骨組みは、どなたにもなじみ深い展開といえるかもしれません。ただし、主人公は、「セドリック(小公子)」や「セ―ラ(小公女)」のように純粋で無欠な子どもではなく、両親の愛情には絶えて恵まれなかった偏屈で虚弱な少女メリーです。

メリーは、両親の死を目の当たりにしても、涙一粒流しません。そんな彼女を引き取ったのは、ヨークシャーの富豪の伯父クレーブン氏でしたが、彼のひとり息子コリンは、病弱だとされ、もう何年も自室にひきこもっていました。この三人の心と体を健やかに生まれ変わらせるのは、誰に阿(おもね)ることなく誠実に堂々と生きる人々と、屋敷を取り巻く野生の力です。インドからやってきたばかりのメリーが、はじめて心を通わせたのも人ではなく、小さなコマドリでした。愛された経験のない小さな女の子が、「さびしさ」を認め、他者(鳥)との関わりを希求します。「あたしと友だちになってくれる?」とコマドリに話しかけるメリー。ふいに示されたむきだしの彼女の熱意に胸を打たれる場面です。

メリーに初めてできた人間の友だちは、屋敷の女中マ―サの弟ディッコンでした。ヨークシャーなまりの言葉でメリーにいろいろなことを教えてくれるディッコンは、自然に対する鋭い感受性を持った健全な男の子です。彼、そして彼の「母ちゃん」の考えに触れた時から、メリーは自身の不寛容さに気づきはじめます。メリー、ディッコン、そして車椅子のコリンの三人は、コマドリの導きで、メリーが発見した荒れ果てた庭園を再興しようと奮闘し、その過程こそが、閉鎖的に生きてきた人生を甦(よみがえ)らせるのです。(そして、息を吹き返した庭の美しいこと!)

物語の終盤、重病に侵されていると一途に思い続けていたコリンが、その思いこみを払拭できる「魔法」を見出します。それは、こんな「魔法」なのです。

いやな考えだの、がっかりするようなことが心のなかに入りこんできたとき、
その代わりに何か気持のいい、勇気のわいてくるようなことを思い出したり考えたりしてみさえすれば、
もっと驚くようなことがだれにでもできるのです。ひとつの場所にふたつのものはおさまらないのですから。

バラを咲かせりゃ
アザミは生えぬ

おまじないのように響く一節に思わずはっとさせられます。全編を通して悪人といえるような登場人物の存在はなく、現実はそんなに甘くないかもしれません。けれども、450ページあまりのこの物語を読み終えれば、そんな薄汚れた物言いは、さっぱりと洗われて気にならなくなっているでしょう。自分の周りの世界が行き詰ったように感じるとき、重い気分をふっと変える視点を授けてくれるのも本の役目の一つ。おまじないの一行が魔法の力を宿すのは、それが、確かに――物語の中で――生きている人々が切実に発する言葉だからなのです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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