ブックトーク

『けしつぶクッキー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

民芸品のように愛らしい一冊『けしつぶクッキー』

マジェリー・クラーク 作/モウドとミスカ・ピーターシャム 絵/渡辺 茂男 訳/童話館出版/本体価格2,100円(税別)

1924年にアメリカで出版された本作。30年ほど前に一度邦訳されたものの、その後絶版となり、長い間書店から姿を消していました。七年前に復刊された時、初めて手に取った私の感想は「なんて贅沢できれいな本なの!」でした。巻末では、訳者 渡辺茂男さんが「子どもの本の造本史上からも名作と評価されるようになったほど、この作品の価値を更に高めたのが、モウドとミスカのピーターシャム夫妻による、明るく力強い挿絵と装丁です」と解説されていますが、このピーターシャム夫妻と、「土に親しむ、素朴な、温かいふんいき(解説より)」をお話の下敷きとする作者マジェリー・クラークとの恵まれた出会いに感じ入らずにはいられません。

表紙ではロシア風の衣装に身を包んだ女性がクッキーを焼いています。彼女がクッキーにふりかけているのは「けしつぶ」。日本でよく見るのは白い芥子粒ですが、こちらは一見チョコチップのような黒い「けしつぶ」です。硬い表紙をめくるとオレンジ色の正方形の枠が24あって、クッキーを頬張る男の子やガチョウややぎやネコなどが、東欧の民芸品を思わせるかわいらしさで描いてあります。

八つのお話にはそれぞれ異なった縁飾りが施され、その図案の妙致に創り手の実直さを思います。また、ところどころに挟まれる鮮やかな挿絵は、コバルトブルー、そして、やまもも色のようなオ―カ―を多用し、画面から浮き出そうな太い輪郭がまるで版画のようです。もはや挿絵と呼ぶには憚(はばか)られるほどの骨太な質感です。

アンドルーシクという男の子が主人公のお話が三つ、エルミンカという女の子が主人公のお話が三つ、そして最後の二つは、この二人が出会ってすべてのお話が繋がるしくみです。二人の家族は「ふるい国からあたらしい国へきた」ひとたち。アンドルーシクのおばさんは、市場へはいつも「目のさめるようなショ―ル」をかけて出かけます。水玉のスカーフを頭にかぶせ、フォークロアなロングスカートをはいたこのおばさんが「けしつぶクッキー」をやくのです。子どもたちの日常が、時に現実的に、時にファンタジックに語られていくのですが、いずれにせよ、語りは屈託なく明快です。「はあい、よくわかりました!」と言いながら、次の瞬間にはすぐに別のおもしろいことを見つけて没頭してしまう子どもたち。私はチャペック兄弟の物語を思い出しましたが、そのわけは、すべてのお話に共通するのびやかで堂々とした幸福の気配かもしれません。

クラシカルでグリーティングカードのような絵は、一枚一枚大切にとっておきたくなる愛らしさです。がちょうの羽のアイビーグリーン、エルミンカのブーツの赤、そして、桃色の子どもたちの肌。印象的な色はたくさんあります。冒頭でも紹介しましたが、装丁も含め、贅沢なつくりは、他に類を見ない一冊です。絵本を楽しむ年齢の子どもたちには大人の声で、絵本から文字ばかりの本へ移行する時期の子どもたちにはひとり読みへのスタートとして、ぜひご堪能いただけたらと願います。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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