親と子の本棚

いつかこの戦争は終わる

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

だれもいない町角

『しあわせなときの地図』より

フラン・ヌニョズザンナ・セレイ『しあわせなときの地図』は、スペインの絵本だ。
絵本のとびらには、少女がひとり。帽子をかぶり、コートを着て、ちょっと目をふせている。手にもった大きなザックのポケットには、地図がはさまれている。
とびらを開けた最初の見開きには、町角が描かれている。レンガづくりの建物がいくつもあり、大きな街路樹もあるのに、だれも人がいない。――「ソエは うまれてからずっと この町でくらしてきました。けれども、戦争のせいで、家族と 外国に逃げなければならなくなりました。」
ページをめくると、今度は、画面いっぱいの地図だ。町をはなれる前の晩に、ソエが机の上に広げた。ソエは、10年のあいだに楽しいことがあった場所にしるしをつけることを思いついたのだ。最初のしるしは自分の家、つぎは学校の古い校舎。

しるしをつけながら、先生や なかよしのクラスメイトの名前を おもいだしました。
毎日すごした教室。
つぎつぎに あたらしいことを ならうのがたのしみで、ソエは たいくつなんか しませんでした。

見開きに、教室のようすが描かれている。何かを読んでいる子、ペンで書いている子、机に頬づえをついている子、ふりむいて後ろの席の友だちと話をしている子……、何でもない風景だ。
ソエは、町中の公園にも映画館にも、しるしをつけた。絵本の最初の見開きには、だれもいなかったのに、ソエが思い出す景色のなかには、いろいろな人がいる。

パリを出ていく

ルイーズ・ボーデンアラン・ドラモンドの絵本『戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ 作者レイ夫妻の長い旅』によれば、ハンスとマーガレットがパリを脱出したのは、1940年の6月だった。その前の月の5月、中立国であるオランダとベルギーにドイツ軍が攻め込んだ。戦争はもう、すぐそこまで来ていた。
ハンスは、自転車屋で自転車2台分の部品を買いもとめ、組み立てる。そして、マーガレットとふたりで、雨のふる早朝のパリを出発する。3日間、100キロあまりも自転車をこぎつづけ、ふたりは、オルレアンの駅に着く。そこからはボルドー行きの汽車だ。その日、パリは、ナチスの軍隊に占領された。
ハンスとマーガレットは、ふたりとも、ドイツのハンブルクで生まれた。ふたりともユダヤ人だ。大人になったハンスは、ブラジルにわたる。はじめはロンドンではたらいていたマーガレットも、やがて、家族の昔からの友人であるハンスのいるリオデジャネイロに行く。そのころのドイツは、アドルフ・ヒットラーが政権をにぎっていた。
ハンスは絵を描く仕事をし、マーガレットは写真家だった。結婚したふたりは、ヨーロッパに新婚旅行に出かけ、そのまま、パリに居ついてしまう。そして、協力して絵本をつくりはじめる。
さて、パリを出た1940年のふたりは、どうなったか。スペインを抜けてポルトガルに入り、リスボンの港から船でリオデジャネイロにもどり、さらにニューヨークまで行ったのだ。パリを出発してから4か月たっていた。
1941年、ふたりのはじめての絵本がアメリカで出版された。”CURIOUS GEORGE”――日本では、『ひとまねこざるときいろいぼうし』(光吉夏弥訳、岩波書店、1966年)の題で出版されている。作者はH.A.レイ、これは、ハンスがブラジルで最初に絵の仕事をするようになったときに使ったペンネームだけれど、ハンスが絵を描き、マーガレットが文を書く絵本づくりのコンビの名前になっていく。

希望に満ちたことば

『しあわせなときの地図』の巻末に置かれた「作者のことば」のおしまいは、こうだ。

 最後に、アンネ・フランクが日記に書いた希望に満ちた言葉を書いて、しめくくりたいと思います。「いつかこのおそろしい戦争は終わるわ」

ナチスから逃れて隠れ家で暮らしたアンネも、町の地図にしるしをつけたソエも、パリを自転車で抜け出したハンスとマーガレットも、たしかな希望をもっていた。
『新しい世界の伝記 ライフ・ストーリーズ』の1冊『アンネ・フランク』は、一番新しいアンネの伝記だ。このシリーズは、ひたむきに生きた人たちの人生を私たちにずいぶん身近なものとして描き出す。つぎは、『アンネ・フランク』の裏表紙から。――「みなさんはこんなことを知っていましたか? アンネ一家が住む隠れ家は、一見、本棚に見える秘密のドアの奥にありました。アンネの夢は、有名な映画女優かジャーナリストになることでした。」

今月ご紹介した本

『しあわせなときの地図』
フラン・ヌニョ 文、ズザンナ・セレイ 絵、宇野和美 訳
ほるぷ出版、2020年
ソエは、地図の図書館と本屋さんにも、しるしをつける。――「どちらも、だいすきな場所です。(中略)あの本だなには、たからものが つまっていました。」

『戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ 作者レイ夫妻の長い旅』
ルイーズ・ボーデン 文、アラン・ドラモンド 絵、福本友美子 訳
岩波書店、2006年
ルイーズ・ボーデンは、アメリカの児童文学作家。レイ夫妻の長い旅を自分の目でたしかめるために、数年もかかって調べたり、歩きまわったりしたという。――「これは、ヨーロッパの多くの国々が体験したあの暗い時代に、創造することを忘れず、勇気をもって生きぬいたレイ夫妻に、心からの拍手を送る旅となりました。」(巻頭の「長い旅を追って」から)

新しい世界の伝記 ライフ・ストーリーズ⑤
『アンネ・フランク』

スティーブン・クレンスキー 著、シャーロット・エイジャー 絵、宮川健郎 日本語版総監修、相山夏奏 訳
三省堂、2020年
『ライフ・ストーリーズ』は、もとはイギリスで出版されたもので、各国で翻訳されている。日本語版の総監修は私がつとめたが、訳者や編集者と話し合って、小学校3、4年生から中学生が読めるように工夫した。同時に、『ガンディー』『アインシュタイン』『キャサリン・ジョンソン』『キング牧師』『ジェーン・グドール』を刊行した。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

関連リンク

おすすめ記事

人形たちのゆくえ人形たちのゆくえ

親と子の本棚

人形たちのゆくえ

つぎつぎと、おつかいつぎつぎと、おつかい

親と子の本棚

つぎつぎと、おつかい

名探偵のハンカチ名探偵のハンカチ

親と子の本棚

名探偵のハンカチ


Back to TOP

Back to
TOP