親と子の本棚

人形たちのゆくえ

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

引き揚げが近づく

『あるひ あるとき』より

前回(「いつかこの戦争は終わる」)は、戦争がはげしくなって、主人公が自分の居場所を出て行かなければならなくなった物語をいくつか取りあげたけれど、もう一つ紹介したい。
あまんきみこ・ささめやゆきの絵本『あるひ あるとき』の表紙のまん中に縦に書かれたタイトルの右側には、おかっぱの女の子が、左側に、女の子と同じ大きさで、こけしが一本描かれている。表紙をめくった見返しには、セピア色の「大連市街図」が広がる。
最初の見開きいっぱいに紺色のカーペットが敷かれて、女の子と、こけしたちがねている。女の子は、表紙の女の子とは別の子のようだ。―「ちいさいユリちゃんが、あそんでいたこけしを ずらりと ねかせました。ぜんぶで 六ぽん。」
つぎの見開きには、こけしたちに「ねんねんころいよ、おころいよ……」と子守唄をうたいながら、自分もねむくなったユリちゃんを見守る、近所のおばあさんが描かれる。そして、これは、おばあさんが「わたし」として語る絵本だ。「わたし」は、自分が幼いころかわいがっていた、こけしの「ハッコちゃん」を思い出す。
「わたし」は、戦中の中国の大連で育った。ハッコちゃんは、父が出張で日本に帰ったときのおみやげだった。「わたし」は、ハッコちゃんといつもいっしょに遊び、空襲のときの防空壕でもいっしょだった。敗戦から、ふた冬をすごし、引き揚げの日が近づく。当時、大連には20万人以上の日本人が暮らしていて、みんな日本に帰らなければならない。

引き揚げの日が 三日さきに きまったとき、母が そっと いいました。
「ハッコちゃんは、つれていけないのよ」
「えっ」
わたしは、ハッコちゃんをだきしめて 立ちあがると、へやのすみにいって、うしろむきにすわりました。

いよいよ、あした出発という日、ハッコちゃんは、ストーブで燃やされることになる。「わたし」は、ハッコちゃんの頭を何回も何回もなでてから父にわたす。

冷凍庫のなかで

A.アーディゾーニE.アーディゾーニの絵本『まいごになったおにんぎょう』の人形のもちぬしの女の子は、残念なことに、人形なんか好きではなかった。女の子は、レインコートのポケットのなかに人形を入れたまま、もう長いこと忘れている。そして、スーパーマーケットのなかで、ふとポケットに手をつっこんだときに、人形を落としてしまう。人形は、だれにも知られずに、冷凍庫のグリーンピースの箱のあいだに落ちてしまったのだ。寒い冷凍庫のなかで、人形の冒険がはじまる。

ゆかは、ふゆのあさ しもが おりたときのように 白く、きしきし しました。グリーンピースのはこが、たかくつんであるところは、おにんぎょうには、まるでおおきなビルのようで、はことはこのすきまは、ほそい横丁のようでした。

人形は、冷凍庫から買いたいものを取り出すお客の手や、新しい品物を乱暴に入れる店員の手を逃れながらすごしていたのだけれど、ある日、知らない女の子がのぞきこむ。女の子は、小さい人形がとても寒そうで、さびしそうだと思ったのだ。

再会まで

モドウィナ・セジウィック『げんきなぬいぐるみ人形ガルドラ』のガルドラは、手作りのぬいぐるみ人形だ。この本には、四つの話が収められている。
最初の話「星のブローチ」では、ある日、メリーベルが子ども部屋に入ってくる。メリーベルは、ガルドラのもちぬしの小さな女の子だ。メリーベルは、人形やぬいぐるみたちにいう。――「あたらしい乳母車で、みんなをおさんぽにつれていってあげる」窓わくにすわっていたガルドラは、つれていってもらえないと思っていたのに、メリーベルは、ガルドラをだきあげて、「いっしょにいこうね。顔色があまりよくないもの。すこし外の空気をすったほうがいいみたいよ」といったのだ。
メリーベルは、乳母車にたくさんの人形をつめこんで出かけたけれど、乳母車を洗おうとして小川に入れたまま、置き去りにしてしまう。人形たちは、夕方になってから、メリーベルのおかあさんに助け出されるのだが、ガルドラだけは、ぷかぷか水に浮かんで、川の旅を楽しむことになる。幾日もして、メリーベルは、いなくなったガルドラと思いがけないかたちで再会するのだ。そして、タイトルの「星のブローチ」とは何だろう。

今月ご紹介した本

『あるひ あるとき』
あまんきみこ文、ささめやゆき絵
のら書店、2020年
絵本は、もうおばあさんの「わたし」とユリちゃんの場面にもどって終わる。小さいユリちゃんとこけしは、まだ小さかった「わたし」とハッコちゃんを思い出させた。ハッコちゃんをうしなったあと、敗戦から現在までの長い時間がながれたのだ。

岩波の子どもの本
『まいごになったおにんぎょう』

A.アーディゾーニ文、E.アーディゾーニ絵、石井桃子訳
岩波書店、1983年
冷凍庫をのぞきこんだ知らない女の子は、家に帰ると、人形の赤いフランネルの帽子と青いビロードのオーバーをぬって、つぎの日にとどける。人形は、うれしくて、女の子に手をふる。そのつぎの日は黄色いスカーフ、そして、セーター、ペチコート……。
この本は、現在、品切れ。図書館でさがしてください。

『げんきなぬいぐるみ人形ガルドラ』
モドウィナ・セジウィック さく、多賀京子 やく、大社玲子 え
福音館書店、2014年
2番めの話「やねにあがったガルドラ」で、ガルドラは、夏の暑い日、屋根の上で煙突にもたれてすわっている。メリーベルのいとこの小さな男の子が、ガルドラを子ども部屋の窓から屋根に投げあげたのだ。それでも、ガルドラは、「高いところがへっちゃらで、よかったな。わたし、ちっともこわくない」と元気だ。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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