ブックトーク
『おりこうなアニカ』
2021.6.10
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世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。
胸を張って前進する女の子『おりこうなアニカ』
物語の冒頭、主人公の少女アニカの“おりこうぶり”は、こんなふうに語られます。
アニカは、いなかの ちいさな あかい いえに、おとうさん おかあさんとくらしています。
アニカは とても おりこうです。ひとりで ふくを きられるし、ボタンも とめられます。かおを あらえるし、かみのけも とかせます。おさらを はこんだり、おそうじをして てつだうことも できます。
そのうえ、おかあさんが、まきばで めうしの マイロスの おちちを しぼるときには、こえだで はえを おいはらったりも します。マイロスが よろこぶからです。
日常生活の中で、一つずつ、少しずつ、自分ひとりでできることを増やしていく小さな女の子。その誇らかな姿が、くっきりと浮かび上がってきます。アニカは、この後、おかあさんに頼まれて、マイロスが壊れた柵から外に出ないよう見張りに行くのですが、その途中、どんな誘惑にあっても、最初の目的を見失うことは決してありません。家族の役に立てること、その喜びに晴れ晴れと胸を張って、勇ましくアニカは進むのです。
牧場に到着してみると、壊れた柵の一本である丸太は、こびとの一家が住む藁の屋根を支えるために抜き取られていました。もちろん、ここでもアニカは少しもひるむことなく、こびとのおとうさんと渉り合い、こびとの子どもたちは代わりの丸太を探してくれることになったのです。
ベスコフの作品には、いつもあたりまえのようにこびとが登場します。そして、彼らがいかに森の動物たちと仲良しで、周囲の様々なものを役立てながら豊かに暮らしているかが語られています。知っていたようで実は出合ってなかった自然の不思議。スウェーデン生まれのこの作家は、北国の四季の恵みと、子どもたちの日常、さらにファンタジーの世界とを、隔てなくお話の中に盛り込むのです。これらが溶け合い、すっと読者の心に入っていくのには、つくりこんだところのない素朴な筋運びが一役買っているのかもしれません。
さて、『おりこうなアニカ』の舞台は、のどかな昼下がりの牧場。テキストの気どりのなさも、ぴったりこれに調和しています。全編を通して、画面はパステルカラーの澄んだ色彩で満たされ、まぶしい陽射しの明るさに思わず目を細める、そんな麗らかな午後を思い起こさせます。さりげなく、しかし、それとわかる鮮やかさで描き分けられている、たんぽぽやキンポウゲ、デージーやマーガレットといった花々にも、目を奪われずにはいられないでしょう。
幼いアニカは、彼女を取り巻く小さな社会のなかで、自分なりの秩序を守り、責任を果たしながら颯爽(さっそう)と生きています。その姿は、『おりこうなアニカ』という題名のとおり、一つの健全なる世界を創りあげているのです。ゆるやかに流れる時間、やわらかに自らを包み込む日の光、そして、困ったことが起こる手前で、必ず誰かが力を貸してくれる安心感。幼い子どもの行動力を、教訓めいた言葉で飾りたてることなく、おだやかにたたえた愛らしいファンタジーです。
プロフィール
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。